上 下
32 / 830

32.始まりの迷宮 絶体絶命

しおりを挟む

「リシェーヌ、下れっ」

プレートメイルアーマと長剣を振り上げて、
ファブリッツィオが突如として現れた。
長剣による一撃は、オーガの皮膚を裂いた。
血が流れているが、やはり、気にした風もなく、
振り返ると、横なぎに棍棒を振るい、
ファブリッツィオを叩き飛ばした。
人形のように転がった。
立ち上がるが、彼の意思を感じないように
左腕がふらふらとしていた。

 ふらつきながらも剣を片手で構える
ファブリッツィオは、誠一を一瞥すると、
「アルフレート・フォン・エスターライヒ、
オーガにびびって竦んでいるなら、さっさとここから去れ。
惰弱者にリシェーヌの背中は預けられぬ」

 誠一は、動けなかった。
首飾りをしているのにも関わらず、
強烈な悪意が彼を襲っていた。
それに抗するだけで精一杯であった。

「くそう、アル、何とかしてくれー」
オーガの一撃が近づき、そう叫ぶとヴェルは、
歯を食いしばった。
一撃を受けた盾はひしゃげ、ヴェルは、
ファブリッツィオと同じように転がった。
 シエンナは、オーガを前にしても
魔術行使を止めなかった。

「我が騎士道ここにありっ、剣閃二段切り」
ファブリッツィオは、ストラッツェール家の
秘剣を放ち、胸に浅い二つ傷を残した。

「駄目か」
ファブリッツィオが呟くと、オーガの左腕で払われ、
気絶してしまった。

 ファブリッツィオのつけた傷口に
リシェーヌが攻撃を加えていた。
懐に飛び込む危険な行為であったが、
確実にオーガにダメージを負わせていた。

「ぐあああぅつー」

「くっ、シエンナ逃げて」
リシェーヌが叫んだ。
リシェーヌは、オーガの左腕に掴まれていた。
彼女の力では振りほどくことは出来ないであろう。
ミシミシと嫌な音がリシェーヌからした。

シエンナは、魔術行使を止めた。
リシェーヌに向かって、無理やり作り笑いを
すると、一言、
「やだ」

彼女は杖を構えた。

オーガは、シエンナを一瞥すると、
リシェーヌの首筋に下を這わして、涎を垂らした。
そして、棍棒を放り投げると、シエンナの杖を払い、
彼女を掴んだ。
 オーガは誠一の側を通り過ぎると、少女二人を
地面に押し倒した。オーガを下腹部が膨れ上がっていた。

 誠一にはこの情景が映っていた。
そして、常に途切れることなく、囁かれていた。

「逃げろ、逃げろ、ここから逃げろ。
仲間を突き倒して、逃げろ、逃げ出せ。
悲鳴をあげて逃げ出せ」

学院長より購入したアミュレットを
身に付けているにも関わらず、
絶え間なく紡がれる言葉が彼の行動を縛っていた。

ヴェルが泣き叫んでも逃げ出さず、仲間を守ろうとした。

リシェーヌがシエンナを逃がそうと、立ち向かった。

シエンナが最後まで仲間をサポートした。

 そして、ヴェルは、重傷を負い、
オーガが二人の少女に圧し掛かっていた。

 アルフレート・フォン・エスターライヒ、
否、鈴木誠一は、みなより遥かに歳上にも関わらず、
何もできなかった。
それが神の啓示に抗っているためであっても
この状況を打破することに何の寄与もしていなかった。
ファブリッツィオの指摘の通りだった。
何も出来ぬなら、せめて、邪魔にならないように
逃げだして、講師たちの助けを呼べばよかったのだった。

つい最近までのほほんと学生生活を
送っていた誠一にとって、今の状況は地獄であった。

啓示に従うも地獄、抗うも地獄。

 怒りで脳が沸騰して、何も考えられない。
目は充血し、血の涙が流れていた。
鼻血は止まらず、噛みしめる歯の力が強すぎて、
歯茎から血がにじみ出して止まらず、
にぎった拳には、爪がめり込み、血が流れていた。

誠一の行き場のない怒りが爆発した。

「このくそったれが!
屑のようなことばかりさせやがって、
このニート野郎が!力をよこせ、屑。
いや、課金しろや。
力を寄こさないなら、絶対に見つけて、
復讐してやる。
その薄汚れた暗い部屋で待っていろよ」

 色々と誠一の想像が加味された言葉が叫ばれた。
そして、彼は一瞬、意識が飛んだ。

称号「神々への反逆者」を得ました。

天啓を受けた際の制約がなくなり、
恩恵のみを受けられるようになります。
そんな声が心に聴こえた瞬間、誠一は自由になった。

「うおおおぅ」

誠一は吠えた。
躍動すると同時に片手剣を抜き、
リシェーヌとシエンナを弄るオーガの頸部に
突き刺した。
剣は根元からぽっきりと折れた。
誠一は力任せにオーガに前蹴りを喰らわせた。
オーガは転がり、シエンナとリシェーヌを解放した。
ふらつきながらもオーガは立ち上がると、
部屋中に閃光が走った。

 誠一の目に視界が戻り、オーガを見ると、
1人の少女が短剣をオーガに突き刺していた。
「アル、長剣で首を飛ばして」

誠一は、瞬時に悟り、ファブリッツィオの剣を
拾い上げると、飛び上がり、力任せに振り下ろした。
オーガの首は、地面に転がり、血が辺り一面に
降り注いだ。

 血の雨に濡れながら、短剣を引き抜き、佇む少女。
誠一は、見惚れていた。

意識を取り戻したシエンナが悔しそうに呟いた。
「くっくうううっ、美人は何をしても絵になる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...