起きるとそこは、森の中。可愛いトラさんが涎を垂らして、こっちをチラ見！もふもふ生活開始の気配（原題.真説・森の獣

森の獣 3章 諸国動乱の刻。暗躍する者たち編

手合わせ

キリア王朝の商館に到着して、
一息ついた稲生は、アデリナから、熱い誘いを受けていた。

「稲生、これから手合わせをする。訓練所に行くぞ」

幾人かの職員が興味深げに二人の様子を見ていた。

稲生は、長旅の疲れ感じていたために断りたかった。

そんな雰囲気を察したのか、
アデリナが身体を稲生に寄せて、耳元で囁いた。
稲生は耳元で囁かれて、ぞくりとしてしまった。

「英雄の失禁伝説。流石にここの商館で噂になると困るだろう」
　　
稲生はアデリナの話を聞いて、
心臓の動機が早まるのを感じた。
一部の人間しか知り得ない情報を何故、
このダークエルフは知っているのだろうか。
そして、上擦った声でアデリナに尋ねた。

「なっなぜ、そのことを！
それは一部の人間しか知り得ないことのはず」

「ふふっ、諜報に携わる者の間では、有名な話さ。
訓練所に行くよなぁ、稲生」
と勝ち誇ったような笑みで、囁くアデリナだった。

遠巻きに見る職員は、白昼堂々、
稲生とアデリナが抱き合っているようにしか
見えなかったが誤解することはなかった。
アデリナの性格を知る職員たちは、
本日の犠牲者が稲生であることを理解していた。

「致し方ありませんね。受けましょう、手合わせを。
あまり期待しないでくださいよ。
それと使用する武具は、自由に決めても
構いませんね？
アルバン、すみませんが
荷物の整理をお願いします」
と稲生が諦めたように言った。

「どうした？怖気づいたか？」
アデリナは稲生の表情を見て、そう言った。

「いえ、昔、似たようなことがあったなと、
思い出しただけですよ。
その時の方々は、あなたと違い、
悪意しかありませんでしたけどね」
稲生は懐かしそうに笑った。

「ふん、貴様が噂通りの人物なら、
そいつらは相当、締め上げられたんだろうな」
にやりと笑うアデリナに稲生は、
「さあ？ご想像にお任せします」
と答えた。

「さて、始めるか、いくぞ、稲生」
と言うとアデリアは、細身の剣を鞘から抜き、
稲生の懐に飛び込もうとした。
この世界において、平均的な身体能力を
凌駕する稲生をもってしても
その速さは驚嘆に値した。

稲生も引かずにアデリアの剣を長剣で受けた。
剣が交わり、鍔迫り合いのようになった。
力では、稲生に分があるのか、アデリアが押されていく。
周りのギャラリーから、感嘆の声が聞こえた。

「ふっ、力は稲生の方が上か」
と言った瞬間、その場に残像を残して、
アデリアが消えた。
稲生は、アデリアを一瞬、見失った。
一瞬で、10ｍ程度の距離をアデリアはとっていた。

「精霊の理もありと言うことですか。
なら、投擲もありですね」
と稲生が言うやいなや小袋に入れていた石を
アデリアに向けて投じた。
投じられた石は、アデリアを避ける様に
軌跡が変化した。

稲生は、石の軌跡を見て、驚いた。

「ふっ、中々、良いコントールをしているな。
しかし、無駄だ」
とアデリアがにやりと笑った。

「流石に驚きました。
言霊を紡がずにそこまでの精霊の加護を
受けられるエルフに会うのは初めてですよ」
と言って、ゆっくりと前進するアデリアに
二投、三投する稲生。
稲生の顔に焦りが生じているのが
アデリアにはありありと分かった。
精霊の力を借り、先ほどの速度で
後方に回り込めば、稲生は自分の一太刀を
避けられないだろうと思い、内心、勝ったと
アデリアは思った。

アデリアの心に余裕が生じたためか、
稲生に笑いかけた。
稲生との距離は、残り5ｍ。
相変わらず、稲生は馬鹿の一つ覚えのように
石を投げつけてくるだけだった。
アデリアは、勝ちを確信して話かけた

「ふふっ、稲生、勝っ。いたーい、痛っ」
血は出ていないが、左側の頭が少し膨らんでいる。
その部分をアデリアが擦っている。
どうやら石が当たって、たんこぶが出来たようだった。