上 下
248 / 251
森の獣 1章 稲生編

対峙

しおりを挟む
「獣の夜襲はありませんよね?
明日、戦いを仕掛ける場所に到着しましたら、
この森を離れますので」
ノーブルは、昼間の獣の咆哮で
恐怖に囚われてしまい、念を押すように繰り返した。

「もちろんです、荷物を置いて、
できる限り戦場から離れてください」
と稲生は伝えた。
「あんなに恐ろしい魔物の叫び声は、
聞いたことありませんよ。
明日のためにもう寝ますので、
稲生様、先に伝えておきます。
雇って頂いて、ありがとうございました。
町で必ずまた、会いましょう」
ノーブルは伝えることを伝えて、就寝した。

ノーブルが就寝へと寝床に向かうと、
稲生、ノルド、メリアム、メープル、ドルグ、
そして、リンが軍とは別に最終の打ち合わせを始めた。

「稲生様、いくら身体能力を向上させようとも
絶対的な経験が足りておりません。
ドルグが前衛でできうる限り獣と対峙しますので、
牽制に徹してください。
私は、祈りの詠唱を始めますので、
その場から、動けなくなります」
とメープルが話した。

「わしは、神象兵器に比肩しうる
破壊力のある一撃を2発、打ち込めるが、
ためが必要だて、後方で待機するぞい。
稲生、よいな、時間を稼げ」
稲生がうなずくと、メリアムが続いた。

「あの薬がどの程度、効果あるかわかぬが、
風の精霊の加護をもって、獣の方へ誘導させる。
その後は、弓と精霊の加護で獣を牽制するよ。
稲生、投擲の武具には、もう一度、今晩、
忘れずに薬を浸しておけよ」
稲生が、了解の旨を伝え、最後にリンが話した。

「私の魔術に直接的な攻撃力はないので、
みなさんの能力を引き上げるように詠唱を続けます。
将軍二名がともに必殺の一撃を打ち込めば、
多分、獣は死ぬでしょう。
彼らは、獣が現れたら、前面に出てきます。
彼らにサポートは必要ありませんので、
獣の牽制に徹してください。
ドルグ殿は、彼らが前面に出てきたタイミングで、
稲生の護衛に下がってください」
リンが話を結ぶと、最後に稲生が左の拳を
前にかざし、全員が同じようにかざすと、
「まずはみなさん、死なないことを
前提に動いてください。
死ななければ、次の機会がありますので。
祝勝会はメリアム邸で行いましょう」
と伝えると、「おうっ」と全員が返事をして、
就寝となった。

次の日の5刻の時、彼らは、予定している
戦場に到着した。
「稲生様、ご武運を。ここで失礼いたします」
ノーブルは、稲生へそう伝えると、急いで、
町へ向かって引き返して行った。

予てからの通り、稲生を残して、
半円で囲むように各々が素早く、配置に付いた。
そして、獣が現れるのを待つ。
折しも晴天で気温が高く、風がない。
半刻ほど立っているだけで、稲生は、汗をにじませた。
森の木々が風もないのにざわめく。
その風景を見て、稲生は、暑いはずなのに
背筋に悪寒が走り、身体が震えるのを感じた。
そして、身体の震えが止まる前に稲生の前へ
多数の獣の眷属が現れた。
稲生の背中より、緩やかなそよ風が吹き、
予てから用意していた香薬が眷属たちの方へ流れた。
「なんという効き目。
予想以上の効き具合です、メリアムさん!」
稲生は、眷属たちのふらつく様子を見て、感嘆した。
そして、震えと悪寒がひいていくのを感じた。
多分、少し離れたところから、メープルが
祈りを捧げはじめたのだろう。
ほっと一息つくと、既に横にはドルグが
打撃部分にスパイクを取り付けた棍棒と大楯を
もって並び、獣の眷属と対峙した。

後方より、多数の矢が飛来し、
眷属に突き刺さり、大した抵抗もなく、
その場に倒れ込んだ。
致命傷ではなさそうであるが、
ひとまず、無力化できているように稲生は感じた。
その眷属を踏み越して、新たな眷属が2匹、
稲生に向かってきた。
稲生は、無言で投擲を一匹の顎下に向けて、
投げつけたが、避けられた。
しかし、眷属が稲生に襲いかかる瞬間、
ワイルドによって、両断されていた。
もう一匹は、既にドルグにより、頭部を潰されていた。
眷属以外の魔獣や魔物が後方にも現れ、
多くの兵士は弓から短槍や刀に替えて、応戦を始めた。

森の木々が軋むほどの咆哮ともに森の獣が姿を現した。
幾人もの召喚者や名だたる将軍を屠ってきた自信か、
悠然と姿を現し、眼前の稲生達を一瞥した。

獣のまわりを広く香薬で充満させており、
呼吸をするごとに獣は酔っていくだろう。
稲生は、まず、最初の策がはまったことを確信した。
しおりを挟む

処理中です...