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森の獣 1章 稲生編

川魚はおいしい

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「ここで昼食にしましょう。
魚を捕まえます。
リンは、適当に木の実を集めてください」
と稲生は提案した。

「どうやって、魚を捕獲すのだ?」
ちょっとわくわく顔のリン。

稲生は、清流を泳ぐ川魚を
手づかみにするつもりだった。
身体能力が向上している現在、
可能だと判断していた。

そう説明すると、リンは、
「手づかみか!面白そうだな。私もやってみる」
と言い、川へ近づいて行った。
稲生は、苦笑し、リンの後を追った。

「冷たー。気持ちいいぞ。
稲生、早く来い。はっ!ううっ逃げられた」
リンの歓声に応えて、稲生も川へ入る。

「リン、バシャバシャしないでください。
魚が逃げます」
稲生は、そう言い、狙いを定めて、
二匹、三匹と捕まえて、魚の脳天を
ごつんと叩き、逐次、締める。

「稲生、何をしているのだ?」
不思議そうに稲生の行為を見る。

「魚は、捕えたら、すぐに即死させないと
鮮度が落ちます。脳天を突くか叩くと
即死しますので、それをしています」
感心しているようなしてないような面持ちで
「ふーん」とうなずくリン。
「それより、リン、全然、捕獲できていませんよ」
と稲生は言い、リンを手伝うため、彼女に近づいた。

「今からが本番!こつは稲生を見て、つかめたから」
リンは、自信満々にそう答えた。

遠目から、彼ら二人の行動を
注視する邪悪なエルフがいた。

「くっくっくくっ、今度は、水だな。
ここも、二人を後押しせねば」
何事か、唱えると水の精霊が
リンの足元に絡みつき。揺さぶった。

「えっ何、ちょっ、急に川の流れが!」
リンはふらつき、稲生の方へ倒れ込み、
稲生の胸に飛び込んでしまった。

稲生は、リンを抱きしめる形になり、
リンは稲生に身体を委ねる形になった。

しばしの無言が続き、リンがボソッと一言。
「絶対におかしい。誰かが何かをしている。
稲生、これもプランのうちか?」
稲生は、首を横に振り、否定した。

「このようなこと、魔術でないとなると、
精霊の加護を悪用しているとしか思えぬ!
そうなるとメリアムさんしか思いつかない。
稲生、近くを探すぞ」

「大した実害はありませんから、
放っておきましょう。そのうち相手も飽きますよ。
リン、それより魚を焼いて食べましょう。
捕りたては、おいしですよ」
稲生は、リンの手を取り、川の外へ誘導した。
「まあ、稲生がそう言うなら、魚を料理して貰おうか。
私は、適当に木の実でも採ってくるよ」
と言い、近くに見える木の実を取りに行った。

面白いものも見られたし、そろそろ帰ろうかなと、
薬草を整理しながら、邪悪なエルフは思案していた。

とその瞬間、「ふふっ、メッリアムさーん、
一緒に食事でもどうですか?」
と抑揚のない声をかけられた。

「えっ、リン、なぜここが!」
メリアムは咄嗟に答えてしまった。

「さあ、おとなしくしてください。
稲生のところに行きましょう。
さてさて、弁明は、そこで伺いましょう」
リンは、にこやかに答えた。

陽光に照らされて、明るいその笑顔は、
メリアムにとって、実に冷たく感じられた。

「稲生、木の実を採ってきました。
それと、犯人も捕ってきました。
魚は、焼きましたか?
では、これは、焼きますか?
それとも煮ますか?」
リンは、恐ろしいことを表情も
変えずに言った。

「リン、落ち着いて。食後にきついお灸を
すえて終わりにしましょう。
メリアムさんもどうぞ。
ところでリン、何故、居場所が
分かったのでしょうか?」

「離れていればいるほど、魔術や精霊は
直線的な軌跡にならざるを得ません。
そのため、木の実を見つけるときに犯人がまだ、
いるかもと思い、風や水の動きから、
そちらの方へ向かってみたのです。
そしたら、なんと一人のエルフが
ニマニマしながら、薬草を
整理しているではありませんか!」
リンはメリアムをにらみつけながら、説明した。

「濡れ衣ですよ、稲生。
私は只々、薬草を採取していただけなのです」
お店の営業スマイルで答えるエルフ。

「まあ、実害もありませんでしたし、
食事にしましょう」
と稲生は伝えた。
「そうだろう、お互いに役得であったであろう!」
と我が意を得たりとエルフがドヤ顔で答える。
どうしてこの師弟は、墓穴を掘るのが
得意なのだろうかと思う稲生。

リンは、ため息を付き、
「食事にしましょうか」
と稲生に同意した。

塩焼きした川魚は、珪藻や藍藻を
主食としてるためか、非常に香りの良い魚であった。
「雑な調理なのに、美味いな、稲生」
何故か悔しそうにリンは、答えた。
「ふむ、これはなかなか。稲生、老公と
同様におぬしもいろいろな知識を
持っているようですね。
この調理方法は書にして残しておきなさい」
と感心しきりのエルフ。

三者三様に食事を楽しみ、リンが
きついお説教をメリアムにして、
三人は、町に戻った。
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