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森の獣 1章 稲生編

後始末1

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メープルはその場に倒れてしまった。
しかし、戦場はそんなことなど、
お構いなしに続いていた。

「魔術師どもやれっ!」

長身猫背の男が再度、獣の背中に取り付くと、
ローブを着た者たちが一斉に何かを短く唱え、
凄まじい爆発音が彼を中心にして起き、
男の身体は、飛散し、跡形もなくなっていた。

獣は上空に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
ローブを着た者たちの幾人かも爆発に巻き込まれ、
亡くなったようだ。

 獣はそれでも死なず、ふらふらと立ち上がり、
憎しみの表情をした男を喰らおうと近づく。

「こんなくそったれな世界で
むざむざと死んでたまるか」

震える身体で何かを唱えると
一条のカーテンが男を包み、
その場から消えていった。

 生き残った者たちは、迫りくる獣から
逃げることもできず、死の恐怖に震えるばかりであった。
しかし、獣は一瞥すると、飛散した長身猫背の
男の肉片を喰らい、森の奥へ去っていた。
 
「ちっ失敗したか、本国へ戻るぞ」
かなり離れた場所から、様子を
観察していた貴族風の一人が言った。

「生き残った者はいかがしますか?」
従者らしき男が尋ねた。
「あれでは、もう使い物にならぬし、
戻ったところで、討伐失敗の審問に
かけられるだけだ。
ここで魔物の餌になった方が
いくぶんましだろうよ。戻るぞ」

「あの獣に内包される魔核と
メープル司祭は、残念であるが、
致し方ありませぬな」
と魔術師風の男がぼそりと言う。

「老師、こんなところでスケベ心は
ださないでください。
それと魔核はあきらめてください。戻りますよ」
再度、促すと、二人はうなずき、帰路についた。

 メープルは、陽光によって、ベッドから目覚めた。
ここはどこだろう、みんなはどうしのだろう、
いろんな思いがこみ上がるが、右のほうに痛みを感じ、
右腕を動かそうとするが、何も起きない。

右腕のあるべきところを見ると、
肩口から、あるべき腕がない。
「あれ、右腕がない。右腕、無くなっちゃたんだ。
生きているだけもありがたいのかな。どうなのかな」
自問自答するメープルは、受け入れがたい
現実に混乱し、再び、瞳を閉じた。
 
 バルザース帝国の生き残りは、
エイヤ、ワイルドといった面々から、
獣との戦いについて問われていた。

生き残りは、神官戦士1名、魔術師2名、司祭1名。
3名は逃亡。エイヤは、3名が監視目的であったと判断した。
今頃、本国への帰途についているだろうと予想した。

 稲生は、話を聞きながら、思いを獣への思いを巡らした。
話を聞いているだけでは、十分に勝算があったように
思えたが、獣の耐力は思いのほか高いようだった。
獣を屠るには、2の手、3の手の決め手を
連続で叩き込む必要があるようだった。
必殺の一撃は、将軍たちに任せるとして、
そこに至るプロセスが非常に難しいように思われた。
彼らは保護されて、3日目であり、
疲労を考慮して、本日の話し合いは終了した。

 稲生は、毎日、眠り続けるメープルの
ところへ顔をだしていた。
何度か言葉を交わしたからか、
彼女のことが気になっている稲生であった。
ノックをして、彼女のいる部屋に入室すると、
彼女と目があった。

「起きられましたか。気分はいかがでしょうか?」
と稲生は、声をかけた。

「稲生様ですか。他の方々はどうなったのでしょうか?」
メープルは、身体を起こそうとしながら、尋ねた。

稲生は、近づき、右腕のない彼女をサポートした。
稲生は、痛々しい彼女の姿にてどうしても慣れず、
それをごまかすために声をかけた。
「今は身体を休めることを優先してください。
のちほど、食事を私が運びます」

「稲生様、憐れんでくださいますな。
このようなこと、戦に臨めば、日常茶飯事ですから。
すみません、色々とご迷惑を
おかけして申し訳ありません」

メープルは、稲生から目線を外して、答えた。

「体力が回復して、十分に行動できるまで、
できるかぎり私がサポートしますので、
よろしくお願いします」

と稲生は伝え、食事を取りに部屋を後にした。
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