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森の獣 1章 稲生編

獣本気モード

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「ぐおおぉぉぉー」
森に響く獣の雄叫び。

近くで聴く者は、地の果てまでも
届きそうなその雄叫びによって、
死の恐怖に囚われるであろう。

バルザース帝国の者たちは、神の護符を持っており、
さほどの効果はなかったようだった。


バルザース帝国の傭兵たちは、森に入り、
5日目に獣と会敵した。

アンカシオン教の司祭メープルを中心に
獣と対峙している。
お互いににらみ合うだけで動きがない。
召喚者と目される憎しみの表情を
した男がブツブツと何かを念じ始めた。

続いて、後方のローブを着た5人ほども
何かを唱え始めた。最後にメープルが祈りを
唄うように唱えた。

周りの5人ほどの戦士らしき者たちが
段々と狂おしい表情に変わり、各部の筋肉が
肥大していく。そして、人ならざる動きにて、
獣に正面から突撃していった。
残りの神官風の戦士5人は、護衛のためか、
魔術師の周りに待機している。
 
戦士たちの武具は、火、雷、風などに
纏われ、獣を切り裂く。
獣にとって、前回の怪我から視力は回復し、
完全に回復していないとはいえ、
普段からは考えられぬ鈍重な身のこなしであった。

致命傷にならぬとはいえ、槍や剣で切り刻まれることと、
先ほどから全身に感じる気だるさが獣を不快にさせた。

ローブを着た者たちが、新たな詠唱を始めると、
獣に雷や氷の礫が飛来した。
避けきれず、獣は被弾すると、短く咆哮をした。

その瞬間、6匹ほどの眷属と思わしき魔獣が
ローブを着た者たち襲い掛かった。

そのうち一匹が神官風の戦士5人の防衛線を
超えて後方へ躍り出た。
そして、憎しみの表情をした男の右腿に噛みつく。
苦悶の呻き声を発し、彼の詠唱が途切れると、
獣が本来の動きを回復した。

 獣は、前足で傭兵の胴体付近を薙いだ。
鎧がひしゃげ、傭兵は飛ばされ、近くの木に叩きつけられた。
次に正面で相対した傭兵の頭を齧り飛ばす。
左に展開していた傭兵は、槍を獣に突き刺すも
獣の両足で頭から地面に叩き付けられた。
後方の二人を獣が殺そうと反転した瞬間、
獣の背中に何かが突き刺さった。
先ほどの戦士の槍など、比較に
出来ぬほど深く刺さっていた。
獣すらも感知出来ぬくらいに己の存在を
消した長身猫背の男が再び、新しい直剣で
刺そうと構えると獣に振り飛ばされた。

後方の二人の傭兵も攻撃を
再開するが、簡単に避けられて
一撃のもとに即死した。

 後方では、眷属があらかた倒されていたが、
神官風の戦士も二人ほど倒れていた。

獣は長身猫背の男を無視して、
痛みで転げまわる憎しみの表情をした男に向かった。
神官風の戦士が立ちふさがるが時間稼ぎにもならず倒された。

「糞たっれ。来るな。畜生、死にたくない」
獣の牙が男の眼前に迫り、男は絶叫した瞬間、
右の方へ勢いよく転がった。

そして、男のいた場所には、
右腕を喰いちぎられたメープルが転がっていた。
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