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森の獣 1章 稲生編

獣の餌になりたくない

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 「さっ寒い。」 
 普段、寝起きに感じない肌寒さのせいかもしれない。
朝方にしては、いつもより若干、冴えた頭で周囲を見渡すと、そこは森の中。

 「なんなんだ、どういう事」
一人、そんなセリフを呟き、改めて、周囲を見回すと、鬱蒼と生い茂る森の中。
森の独特の生臭い匂いが強く、時期は、日本でいう梅雨明けの森を感じさせた。

 パニックになるより、寝起きのせいか、妙に落ち着きつつ、周囲環境を見回してしまった。
そして、状況を頭の中でぼんやりと整理していた。

1に服装。
普段、寝る際に着ているジャージ。
ありがたいことに昨日、購入して、ベッドの横に置いておいた靴がある。

2に持ち物。
ベッドの傍に置いておいた水のペットボトル。
何故か机の上に置いておいたカッターナイフ。

3.に周囲。
原生林に囲まれているようだ。食べられそうな物は見当たらず。
人や獣の気配は感じない気がする。

 昨日のことを思い出しても特に何もなく、寝ただけ。
そしてどうしていいか分からず、この場で時間が過ぎるにつれて、
不安が心を支配し始めた。そして、気持ち悪い汗をかきはじめていた。
 
「水があるうちに何とかしないと」
そう思い、拳を強く握り、気合の一言とともに突き出してみたが、何も起こらない。
しかし、遠くのほうから、発した声に呼応するかのように
すさまじい雄叫びが聞こえてきた。
 
 逃げなきゃ。あの咆哮と逆方向へ逃げなきゃ。死ぬ。
のほほんとした生活のなかで失われつつあった生への防衛本能が警鐘を与えた。
 動悸が上がり、口の中が乾き、頭がくらくらしつつも3km程度、
走ると限界が来た。
 舗装もされていない森の中をこれだけ走れただけでも上出来だろうと
妙な達成感で自分を褒めて、一休み。
 その直後、木々の大きな擦れ合う音が聞こえ、咆哮の主と思わしき獣が現れた。
そして、雄叫び。
 抗うことのできぬ死への恐怖に全身が震え、失禁してしまい、そのまま、
その場にへたり込んでしまった。
 動物園で見た虎の3倍はある体躯、硬そうな赤銅色の毛、
地面すら溶かしている牙より垂れる涎、そんな隻眼の獣がゆっくりと近づいて来た。
 「ああっ死ぬのか」
他人事のようにつぶやき、死への過程を見たくないために目を閉じた。

 「奴をテリトリーから引き出したぞ。以後、遠巻きを解除。
討伐戦を開始する。矢を放ち、奴を牽制しろ。囮の生死は問わん」
凛とした声が聞こえ、10本以上の矢が獣の後方より、放たれた。
何本かが刺さったが、獣は、気にした風もなく、矢の飛んできた方を一瞥した。

 「しめた!右目が潰れたままだ!死角から、突撃しろ」
その命令ととともにどこからともなく現れた8名ほどのファンタジー映画で
見るような戦士たちが獣に向かっていった。

 おそるおそる目をひらくと、獣と人間らしきものが争っていた。
何名かは、倒れて動いておらず、獣が圧倒的に有利に戦いを
進めているように感じられた。
「さすがに硬いな。魔道の準備はできたか?出来ているなら、放て」
いかにも魔術師風な服装のメンバーから、炎のようなものが放たれ、獣に直撃した。
幾人かの戦士も巻き込まれていたが、効果は絶大なようで、獣が呻き声を漏らした。

「第二陣、突撃」
その声に呼応し、新たな戦士たちが獣へ攻撃を加えるが、
獣は衰えるそぶりをみせず、その凶暴さを発揮している。

 ここを離れよう、逃げようとずりずりと後づさると、
獣はなぜか相対する戦士たちでなく、突然、獲物を狩るがごとく、
こっちに向かってきた。
 「こっち来るなー」
 心の底からの絶叫し、カッターナイフを闇雲に突き出すと、
何かに刺さった嫌な感触とともに弾き飛ばされた。
 「ぐああぁ」
異様な絶叫を発し、獣は、この場を去っていった。

 「これだけの準備をして、逃したか。
まあ、両目が潰れたから、しばらくは、奴もおとなしくするだろうよ。
隊長殿、ひとまずは、負傷者と死亡者、餌を回収して、戻ることとしますか」

「本国への報告は、わたしからしておく。ご苦労であった。
また、この地に戻ることになるだろうけどな」
 薄れゆく意識の中、そんな会話が聞こえてきた。
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