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侵食

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加賀見がロベリオとベッドで楽しんでいる頃、
汚物をぶちまけられた地上に残されたミラーワールド109号の
船内の5人は、既に目が覚めていた。
サバイバルスーツを着ているとは言え、
船は、一部、開放状態となっており、
外壁には人型の異形種が取り憑いていた。

 どの男も言葉にならない叫び声をあげていた。
恐怖で思考が停止してしまった為、その場に蹲ってしまっていた。

 銃器を唯一、持った男は、加賀見に向かって、
呪詛の言葉を吐いていた。
「加賀見ぃー。騙しやがったな。
てめーだけは許さねえ。
どうせこれもモニターされているんだろうが。
てメーだけは、許さねえ。
録画されたこの映像でテめーも地球で裁かれロや」

男の知りうる語彙を使い、加賀見を非難していた。
そして、責め疲れたのか、息があがったのか、
はぁはぁと言う乱れた呼吸がモニター越しに事務局員に伝わった。

「ふむ、流石は副船長。
カーリン、今の画像と音声は、きっちりと録れたな?」
と管理者の1人がカーリンに確認を取った。

「はい、録画してあります」
必要最小限のことだけを短く的確に答えた。

「しかし、加賀見とやらは今、
どこで何をしているのだ?
所詮は小才が利くだけの小物だな。
副船長は警戒していたが、これで終いだ」
ともう一人の管理者が高笑いをした。

 地上では、船内に異形種が侵入し始めていた。
そして、五人の前にもそれは現れていた。

素っ裸の数人の男女が慣れない足取りで、
ゆっくりと液体に向かって、動いていた。
時節、小首を傾げながら、周囲を観察している。
焦点の定まらない眼球は常にクルクルと回っていた。
倒れないようにバランスを取るためだろうが、
両腕が常に奇妙な動きをしていた。

人の形をした人ならざる動き目の当たりにして、
5人の恐怖は、最高潮に達した。

気弱そうな一人の男がバイザー越しに嘔吐を繰り返した。
そして、サバイバルスーツの内部を異臭が支配した。
探索を繰り返していた企業の人間であれば、
その臭いに耐えてでもバイザーを開けなかっただろう。
しかし、約70日の期間を安穏と過ごしたこの男は、
その異臭に耐え切れず、バイザーを上げてしまった。

くるくるくるー。目と腕が激しく動き、
凄まじい歯ぎしりが始まった。

ぎぃーごぎぃーごぎぃーご、歯を摺り潰すような音が
空間を支配した。

テケテケテケと奇妙な動きでバイザーを上げた男に
一斉に異形種が近づいていった。

「ひっはっぅあ、タシュケテ。たしゅ、たしゅけて」
極度の震えか、歯をかちかちと鳴らしながら、
その場に蹲る男。
鼠径部が生暖かくなり、アンモニア臭が
サバイバルスーツ内に充満した。
元管理者の二人は、この隙に別室にダッシュした。
そして、残りの二人も後に続いた。

1人残された男の部屋には、悲鳴と何かを
砕くような異様な音が響き渡っていた。

管理センターでは、全てをモニター記録していた。
惨劇の当初、可笑しそうに笑っていたが、
段々と乾いた笑いになり、ついには、
直視することができず、録画のみに切り替えていた。
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