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放り投げられる男

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 「加賀見、貴様っ。仕事中に
何をしていた。屑がぁ」
と言って、タオルを加賀見に投げつけた。
そして、大股で威圧するように近づいた。

「めんどくさいなぁ、コレ。もういいや」
とロベリオが珍しくぶつぶつ呟いていた。

 そして、後方から、男を羽交い締めにした。
ロベリオの胸の感触に興奮した男が
口を大きく開けて、
「ロベリオ君、後にしなさい。はぁぁはぁ」
と言って、その場で動きを止めた。

 次の瞬間、彼の口から、
「ヒューヒュウーヒュー」
と言葉にならない音が奏でられた。

 ロベリオが装置を再稼働させて、
素早く手元のコントローラーで調節したのだろう。
そして、彼の口に高温のガスを吹き込んだ。
その結果として、男の喉、口の内部が焼けどした。

 男は苦悶の表情で床に転がっていた。
再度、ロベリオが調整をして、
両腿、両肩に熱線を加えて、動けなくした。

 ロベリオの冷徹な表情に加賀見は
全く動くことが出来なった。
逆らえば、自分が殺される。

 殺気は向けられていなかったが、
加賀見は、はじめて見るロベリオの雰囲気に
圧倒されていた。

「さてと、かがみぃ、ちょっと、そっちの軽量台車
にコレを乗っけてよ。
レディにこんな汚物を持たせないよね」
といつもの表情で依頼した。

 載せられた男は、意識を失っているのか、
無言であった。時節、ヒューヒューと
呼吸する時に音がした。

「ロベリオさん、どこに連れて行くのですか?」
と加賀見は恐る恐る尋ねた。

「???外だよ、ハッチから、
放り投げれば、いいんじゃない?」
と事も無げに言った。

 加賀見はその言葉に戦慄した。
このまま放り投げれば、何が起こるかは
一目瞭然であった。
 多分、遺体となるであろう男は、
どこかに持ち去られるだろう。
 そして、その行方は誰にも分からず
処理されて、終了となるだろう。

 ロベリオが動き出したために
加賀見はその後に台車を押しながら、続いた。

ハッチまで到着すると、ロベリオが
加賀見に指示を出した。

「さっここから、ポイして」

 加賀見は躊躇した。この男、確実に死ぬ。
そして、それに手を貸すのが自分であることが
加賀見の行動を鈍重にした。

「あーもう、かがみぃー。やるよ。
どうせ、工期の遅れであと何人かには
残って貰わないといけないんだから。
綺麗ごとじゃ生きて戻れないよ」

 ロベリオはそう言うと、手短に男を
外へ放り投げて、男の顔にハッチから水を注いだ。

ハッチは閉められた。

 加賀見には、聞こえるはずのない音が
耳元に流れていた。

 あの何度、聞いても聞きなれない不愉快音、
ぎーごぉーぎーごぉー、ぎりっぎりりりっー
という不快な音が聞こえた。
 そして、加賀見の鼻孔には、血生臭い臭い、
生臭い臭い、腐った臭い、なんとも言えない臭いが
入り混じった、吐き気の催すような臭いが
広がっていた。

 この場は外部と隔離されており、
絶対に聞く、臭うことのないものはずであった。

「ロベリオさん、ここはまだ、安全なのですか?
音も聞こえるし、臭いますよ!」
と加賀見は真剣な表情で尋ねた。

「かがみぃーどうしたの?そもそもバイザーを
閉じて密閉させているじゃん。
音はまだしも臭いはそれなりに遮断されているよ」
とロベリオは言った。

 加賀見は慌てて、状況を確認して、
その通りだと思った。

 過去の強烈な体験と今の衝撃が合わさり、
どうも幻覚にでも囚われたのかなと
思い直して、これからのことを尋ねた。

「戻って、作業再開しょうよ。
どうせ、異形種は無機物には興味ないだろうし。
そのうち、あの男を持って、どこかに消えるでしょ」
と言って、歩きだした。

 加賀見は最早、どうすることもできないと思い、
ロベリオに従った。

 渡航船ミラーワールド109号の船外では、
はじめて生で聞く異様な音と臭いに悲鳴も
上げられず、動けず、ただ涙を流した男がいた。

近づく人を模した異形種。

 痛みは、恐怖で麻痺し、許しを請う言葉もでず、
ただ、ヒューヒュウーと音を繰り返し出す男は、
意識を失うことを天に祈った。

 異形種が男の頭に触れ、男が最後に見たのは
鈍く光る無機質な母船のボディーだった。
 男の頭が明後日の方向に向き、
男の意識は、喪失した。
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