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作業後

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二人は突然のことに茫然となり、車両が消え去るまで終始、

無言であった。



「織多さん、歩けますか?歩きましょう。

残り数十キロですから、何とかなります」

と加賀見は自分に言い聞かせるように言った。



「はい、この場合、考えても仕方ありませんから、

歩きましょう」
と織多さんは、努めて明るく振る舞っているように見えた。



 加賀見は、会社で何度か切り捨てられたり、

裏切られたりした経験もあったが、此処までわかりやくす

裏切られたことはなかった。

 本来なら、怒り狂うところだろうが、唖然とし過ぎてしまって、

感情がついてこなかった。

 恐らく織多さんも同じなのだろう。

逆に冷静になっている気がすると加賀見は感じた。



てくてくと数キロ歩いたあたりで、織多さんがぽそりと言った。

「あっあの加賀見さん、やっぱり、私があの時、

キレたからでしょうか?その報復なんでしょうか?
だとしたら、加賀見さんを巻き込んでしまって、すみません」



「さあ、どうでしょうね。事務局からの伝達を

私たちは聞いていませんし、尾賀さんのなかで、

何か伝えにくいことがあったのかもしれませんよ。

例えば、この状況にするような指示があったとか。

一言、言えることは、織多さんって方は

怒らせてはいけないということですね。

生死にかかわります」
と加賀見は努めて、明るく答えた。



「んんっ、、、何か気になる発言がありましたが、、、

そこは一先ずいいとして!

これは、酷すぎます。契約は結んでいたのに、

裏切るとか許せません」

そこには尾賀、元宮を許すことはないと

言う強烈な織多さんの意思を感じさせた。


「契約の一部に本人の生命の安全は両社の提携関係より

最優先とするというような項目があったでしょう。

事務局の指示次第では、今の状況が是となり得るかもしれません」

と加賀見が淡々と話した。



「むっ、なんで加賀見さんはそんなに冷静なんですかー」

と若干、大きくなった声で織多さんが答えた。



「多かれ少なかれ、会社に勤めれば、暴力や暴言をふるう上司、

同僚を売る奴、へつらう奴、見て見ぬふりをする奴、

どんなに時代が変わろうとも法律が制定されようとも

手を変え品を変えて、社会に残り続けていますよ」


「ううっ、社会に出る前の学生さんに

何て夢のないこと伝えるんですかー。

希望も何もないじゃないですか」とうなだれる織多さん。



「まあ、そういう輩もいますが、助けてくれる人たちも

大勢いると思いますよ、僕は会ったことがありませけど。

とりあえずスターテクノロジーズ社の件は、

母船に必ず戻ってから、事務局を交えて話しましょう」

と言って加賀見は笑った。



「スターテクノロジーズ?尾賀さんじゃないんですか?」

と織多さんが言うと、



「契約はスターテクノロジーズ社とですので、尾賀さん個人を

責めても旨味はありませんよ。それにスターテクノロジーズ社と

事を起こす方が尾賀さんにもダメージがありますよ。

最悪、本社に連絡がいきますから」と言って、再び加賀見は笑った。



「うわっ、悪い人の笑いだ。加賀見さん、たまに怖いこと考えますよ」

と織多さんがおどけて、言った。



加賀見は、歩みを止めることなく、肯定も否定もせずに軽く笑った。
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