FOXMACHINA

黄昏狐

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第4話 冒険稼業

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「──朝だ」

 我は日が昇って辺りが明るくなったのを見計らって、3人に声を掛けた。浮遊ハンドで遠隔揺り起こしもしてやる。

 前日にかなり無理をしていたようで、まだ疲れが抜けていないらしく、皆はまだ寝ぼけているようだ。

「あ、あれぇもう朝ぁ……??? ふぁああぁぁ……」

「んんん……?? すまねぇ、寝過ごしたな」

「あれ……? 僕も途中で眠ってしまったようで……」

 交代で火の番をすると言っていたので3人とも申し訳なさそうにしていた。

 まあ相変わらず我はウィルの膝の上なのだが。起きた瞬間に我を一際強く抱き締めて狐耳に顔を押し当てて深呼吸するのは止めて欲しいものだ。

「ああ……朝からの狐耳吸いは素晴らしい物です……」

「相変わらずね」

「相変わらずだな」

 相変わらずのウィルの様子を見て、テシアとルシェが苦笑いした。前任者が逃げ出すのもわかる気がする。毛が抜けようものなら、喜んで鼻の穴を大きくして吸い込みそうな勢いだ。

「早いとこ朝飯にして出発しないと、到着は夜になっちまうな。門が閉まっちまえばもう1日野宿だ」

「ええぇぇぇ…! もう野宿やだぁ!」

 ルシェの言葉にテシアが反応して大声を上げ、すぐに自分の体の匂いをクンクンと鼻で確認している。

「早くお風呂に入りたい! 石鹸で体中ゴシゴシしたい!」

「またあの宿屋に泊まれたら、共同浴場あるから入れるだろうな。でも満室だったらまたあっちの安宿だ。安宿に泊まりたくなかったら早く飯を食って出るぞ」

「ですね」

 余程その安宿が嫌なのか、テシアは激しく頷き、ルシェはすぐに鞄から硬そうなパンを取り出して噛り付いた。ウィルもパンを取り出して食べ始めたが、人の頭上で噛り付くのは止めて欲しいものだ。

 3人を起こす前に薪が無くなり火はすでに消えていたので、パンを焙ったりすることはできなさそうだ。

 ところで自分のエネルギーの減り具合はどうだろうか。目安になるものがないので知ることはできないが、魔石を食べてから激しい動きをしていないので問題ないはずである。

 硬いパンを口に入れているため、3人は終始無言となり、頬がもごもごと蠢いていた。あまり美味しくもないのであろう。

 3人とも半分くらいを食べたところでパンを鞄にしまい、皮でできた水袋から水を飲んだ。テシアはパンを齧った時はしかめっ面していたが、水を飲む時は虚無の顔をしていた。きっと皮の匂いが水に移っているのだろう。

「じゃあ、とっとと出て、早いとこ街に着くぞ。俺だって安宿の方は御免だ」

 ルシェが言って立ち上がり、鞄を背負って歩き出す。テシアもウィルも合わせて立ち上がり、鞄を背負う。どうやらこのパーティのリーダーはルシェが務めているようだ。

 我は一旦地面に置かれたので解放されたものだと思ったのだが、やはり離してくれない。ウィルは我の胴体を掴んだかと思うと、肩車の要領で自身の背負う鞄の上部に座らせた。我の浮遊パーツもそれに追従して動く。

「寝ずの番をしてもらったお礼です。ここで楽をしてください」

 ウィルは言いながらちょっと興奮している気がする。ホムンクルスに触れるだけで鼻息が荒くなるとか、変質者レベルが高い。

「──重くはないのか?」

 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。

「子供一人を肩車してる感覚ですかね。冒険者をしていると、そのくらい誤差ですよ、誤差」

「ふむ」

 エネルギー消費を抑えるため、浮遊パーツを集合させ、ウィルの肩にすべての重さが掛かるようにしてみる。

「ん!? ぐぐぐぐ……! 重い! 手が、手が特に重いです!」

「なるほど」

 意地悪は止めにして、ご要望通りに手のパーツだけ浮かせることにした。フェンリルを殴って大穴を開けるくらいの代物なのだから、そりゃ重いわけだ。

「すまない、我の体でありながら、まだよく理解していないのでな」

「おーい、置いてくぞ‼」

 先に歩き始めたルシェが少し離れたところで振り返り声を上げた。

 2人は小走りでルシェに追い付き、3人並んで歩き始める。

 ルシェがおもむろに巻いてある状態の羊皮紙を取り出し、紐を解いて広げた。

 覗き込むとどうやら地図のようで、呆れるほどアバウトに見える。世界地図のようで、大きな大陸が中央に描かれ、その北東と南西に小さめの大陸が2つ描かれていた。周りに小島がいくつかあるようだ。

 中央の大陸は内陸部と沿岸部で2色に塗り分けられ、中央に狼であろうマークが描かれていた。南西の大陸にドラゴンマークがある気がするが、今は無視して良いだろう。

 ルシェが地図を指差してなぞる。沿岸部側の、内陸部との境界ギリギリに通る街道のようだ。

「もう少し歩くとこの街道に出る。これで街に戻る。フェンリルの勢力圏からは外れているし、離れる方向だから問題ないだろう」

 話を聞くに、我は森から抜け出る方向に移動していたらしい。運が良かった。

「ここが現在地だ。フェンリルの住む『魔の森』とバジリスクの住む『惑わしの森』の中立地帯だ。大勢力同士が睨みを利かせる緩衝地帯だから、魔物もほとんど出てこない。少人数であれば人間は相手にすらされないしな」

「私たちは薬草採集の依頼を受注してその帰り道って訳よ」

「フォクシーはたぶん魔の森側から緩衝地帯に抜けた所を、僕たちと出会ったんではないですかね」

「ふむ」

 フェンリルとバジリスク……? 知識を照合すると、確かに先日戦った魔物は白銀の魔狼フェンリルだ。バジリスクについては石化能力を操る化け物トカゲという情報が見つかった。どちらも厄介な魔物であることは確かであろう。

 見るに色分けはフェンリルの縄張りを意味していて、中央大陸の内陸部はフェンリルに掌握されているのだろう。人類は沿岸部の領域で暮らしているようだ。

「ウィルたちは随分と危険な場所に立ち入るのだな」

 我が言うと、ウィルは首を傾げた。

「我がいた付近には20頭のフェンリルの群れがいた。遭遇したとして退治できたのか?」

「おいおいおいおい、20頭の群れ?! そりゃ無理だ」

 ルシェが驚愕の表情で即答してくる。

「ちょっと待ってください。ということはフォクシー、あなたはその群れと戦って逃げて──」

「群れごと潰した。追われる心配はない」

「えええええぇぇぇぇ?!」

 ウィルの言葉を遮るように言うと、テシアが驚きの声を上げた。

「ははは、ホムンクルス様はホント規格外だな! フェンリルは強すぎて神の獣なんて呼ばれることもあるって言うのによ!」

「人間では敵わないのか?」

「いえ、1対100でやっと同等ってところですかね。でもそんな集まってたら魔法で蹂躙されますね」

「こう、拳を飛ばして胸に大穴を開けて倒したのだが」

 我は言いながら、付近で遊んでいた右手を振り抜く動作付きで虚空に向かってロケットパンチして見せる。爆音・爆風が周囲に広がり、テシアは慌てて捲れ上がったローブの裾を手で押さえた。

 3人とも目が点になって立ち止まった。

「これならフェンリルもイチコロだな……」

「敵に回したくないですね」

「えぇ……」

 3人は呆れた顔をして我を見ていた。

 本当ならば隠した方が良かったのかもしれないが、3人との今後の関係性を決める上では見せてしまった方が良いだろうと判断したのだ。

「威力は十分だが、戦闘時の燃費が悪い。魔石を食べてエネルギー補給をするようなのだが」

「魔物の肉とか皮は食べないのか?」

「──食べられるのか?」

「前にいた子は何も食べませんでしたね。一度だけ無理に食べさせようとしたら一週間くらい避けられました」

 ウィルの言葉にテシアとルシェがドン引きした。

「ウィル、あなたねえ! あの時はそんなことがあったの?!」

「おいおい、勘弁してやれよ……」

「反省してます……」

 言いながらウィルは頭をポリポリと掻いた。

「しかし、魔石とは簡単に手に入るものなのか?」

「フェンリルまではいかなくても、小さくても良ければ魔物はみんな魔石を体に持ってるぞ。魔力が大きいほどデカい」

 ルシェに言われて少し考える。確かに長狼はかなり大きな魔石を持っていたので、魔力は相当なものだったのだろう。

「もちろん、魔石は街のお店でも売っていますよ。でも、買うとなるとお金がかかりますから、どうせだったら冒険者登録して、お金を稼いでしまえば良いんじゃないですかね。採取だけじゃなくて、討伐って依頼もありますよ」

 ウィルは突拍子もない提案を口にした。だが、考えてみると、良いかも知れない。記憶がないままさまよい続けても結局は魔物を倒して魔石を得ることになる。だったら、魔物を倒して依頼をこなし、魔石を食べてさらにお金を得たほうが効率的ではある。

「──それは効率的で良さそうだが、ホムンクルスは冒険者になれるのか?」


「「「さあ?」」」

 我の問いに3人が同時に答えた。
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