【完結】星夜に種を

はーこ

文字の大きさ
上 下
22 / 40
本編

*18* 終わった物語

しおりを挟む
 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、すっかり夜も更けた頃、ゲスト用の寝室に控えめなノックが鳴り響いた。
 ドアを開くと、オレンジ色のロングヘアーが目に入る。

「あれ、どうしたの、オリーヴ」

 入浴をさせてもらった後、おやすみは忘れずに言ったと思うんだけど。
 オリーヴもネグリジェ姿だったから、眠る支度をしていたのは間違いない。

「こんな時間に、ごめんなさい」

 少しだけ視線を宙にさまよわせたオリーヴは、意を決したように顔を上げ、ペリドットの瞳であたしを見据えた。

「セリと、ふたりきりで話したいことがあるの」


  *  *  *


 オレンジのランプにぼんやりと照らされた寝室で、シングルベッドにふたり並び座る。
 少しの沈黙を挟めば、間違ってもきゃいきゃいと楽しい女子トークをするような雰囲気じゃないな、ってことはわかる。

「話って?」

「お茶会のときに、あなたの言っていたことが気になって。セリは異世界から来たのよね?」

「うん、エデンとはまるで違って、魔法とかあり得ないところ」

「あなた、お名前は?」

「え?」

「ファーストネームだけじゃない、あなたの本名よ」

「笹舟 星凛だけど……」

「どんな字を書くの? わたくしに、書いて見せてくださるかしら」

「えっ、オリーヴ!?」

「おねがい、ね?」

 おあつらえむきとばかりに、ベッドサイドのテーブルに置いてあった紙と万年筆を渡されながら、上目遣いで見つめられるんだ。
 むぅ……なんて計画的な犯行。

 異世界に興味があるのかな? 書いても意味はわからないと思うけど。
 首をひねりつつ万年筆を走らせていたら、静かに手元を覗き込んでいたオリーヴが、そっとつぶやく。

「星凛──凛と輝くお星様、という意味かしら。素敵ね」

「うそっ……オリーヴ、漢字が読めるの!?」

「えぇもちろん、読めるわ」

 何でもないように微笑んだオリーヴは、それから追い討ちのごとく爆弾を投下する。

「だってわたくし、日本の生まれですもの」

「ふぁいッ!? なにそれ、どういうこと!?」

「話せば長くなるのだけど……わたくしには、前世の記憶というものがあるの」

「えっ、えっ? まさかこれが、かの有名な異世界転生!?」

「転生……そうなるのかしら。以前の『わたくし』は明治時代の日本に生まれた『西園寺さいおんじ 薔子しょうこ』という、とある庶家の娘だったわ」

「明治時代って……下手したら、あたしのおじいちゃん、おばあちゃん世代より、年上なんじゃ?」

 いや、おじいちゃんもおばあちゃんもいないけども。

「あら、そうなの? わたくしがマザーになってから100年は経っているから、日本もさぞ様変わりしたのでしょうね」

「ちょっと待って、なんか今、サラッとすごいこと言われた。ごめんオリーヴ、何歳よ!?」

「100歳を超えた辺りから、よくわからなくなっちゃったわ」

 マジか……そりゃエデンでは不老だと聞いてはいたけど、あたしとそう変わらない年頃に見えるオリーヴが、100歳超えって。
 てことはヴィオさんやリアンさんも、それくらいだよね。大先輩にも程がある。
 マジでこの世界、見た目と実年齢がバグりまくってる。

「セリの顔立ちや、異世界からやってきたことを踏まえたら、同じ日本人じゃないかって考えたの」

「これぞ、名探偵オリーヴ……」

「よかったわ、勘違いじゃなくて。それで、セリの出身はどちらなの?」

「生まれも育ちも、東京だよ」

「あら奇遇ね! わたくしも東京府の出身で、女学校に通うかたわら、カフェーで女給をしていたの。懐かしいわ」

「わぁ、はいからさんだぁ」

 喫茶店で働いていたなら、オリーヴが慣れた手つきでお菓子を用意していたり、家事をこなしていた理由にも納得だった。

「言葉遣いとか立ち振る舞いも上品だよね。お嬢様だったんじゃない?」

「いえいえ、お嫁にもいかないでカフェーで働いているだなんて、とんだお転婆娘よ。いい縁談相手を見つけて女学校を辞める同級生も、少なくない時代だったもの」

「でもオリーヴは、自分のやりたいことをしていたんでしょ? 自分の人生を、楽しんでたんだね」

「……そうね、それなりに、楽しんでいたのかもしれないわ」

 ふと、押し黙るオリーヴ。その表情は薄く笑んでこそいるけど、どこか影がある。
 長いまつげに縁どられたペリドットの瞳も、床ではない遠い場所を見つめている。

「恋をしていたの。いつもカフェーにいらっしゃる学生の方に。口下手なわたくしにも優しく話しかけてくださる、素敵な殿方でした」

「オリーヴ……」

「わかっていたのよ。夢は、所詮夢だって。お父様がお決めになった許婚がいる身で、別の殿方に想いを寄せてしまった愚かな女ですから、きっと罰が当たったのね。不治の病にかかってしまって、結局誰とも結ばれることなく、『西園寺 薔子』の物語は終わってしまったわ」

 男性アレルギーだと、彼女は話していた。
 でもひょっとして、それって。

「オリヴェイラ・ウィンローズとしてこの世界に生まれ直しても、今も彼を忘れることができないの。……セリ、あなたも、そうでしょう?」

「っ……! なん、で……」

「わかります。わたくしだって、女の子だもの」

「オリーヴっ……」

「無理に話さなくてもいいのよ。ただ、わたくしはあなたの味方だということを、伝えたくて」

 そっと背に手を添えられ、抱き寄せられて、ようやく俯いていたことを理解する。
 間近にある人の温もりが、氷漬けにしていたあたしの心を溶かしてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...