【完結】星夜に種を

はーこ

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本編

*9* こがねの揺らめき

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 迂闊だった。
 ジャンケンが通じなかったからと、安易にあみだくじで鬼を決めてしまったのがまずかった。

「容赦なくない? ねぇゼノ容赦ないよね?」

「捕まえました、ジュリ様」

「うんそうだよね、わかってる。かあさーん! オレは100数えたら行くから、それまでに逃げてー!」

「うわーん! ジュリの裏切り者めー!」

 開始5分で、ジュリがやられた。「オレがついてるから、大丈夫だよ!」と自信満々に胸を張っていたあれは、何だったんだろう。

 かくれ鬼だから、見つかっても制限時間内に逃げ切れば勝ちだ。
 しかし、ここで問題がひとつ。
 任意で魔力とか使えた試しがないあたしのことも考え、公平を期してジュリは魔法の使用を禁止した。これは正真正銘、王道のかくれ鬼だ。

 となると、この場において誰が一番有利か、わかります? もちろんわかりますよね? そう、それはね。

 ──身体能力フィジカルの、圧倒的勝利だよ。

「かあさーん! ゼノは護衛型のドールみたいだから、すごく足速いよー! 頑張ってー!」

「聞きたくなかったー!」

 せっかくのアドバイスだけど、全然役に立たないわ。半泣きになりつつ、ジュリが御用になった回廊から、脱兎のごとく逃げ出す。
 笹舟 星凛、22歳、OL。営業のときでさえ、こんなに走り回ったことはない。

「ていうかゼノ、真顔やめて。無言の俊足で追いかけてくるのほんとやめて。これ遊びなんだけど。あなた本当に、楽しんでくれてます!? あのねぇ、ひとつ教えときますけど、レディーを尊重するのが礼儀ですわよ!?」

「失礼いたしました」

「うん、あたしこそごめんね、職権乱用だった。やめなくていいから、せめて優しくしてほしいなぁ!?」

「善処します」

「うそっやだ、ごめんなさい、もう手加減しないで、やるならひと思いにやってぇえ、うきゃああああ!!」

 言っていることが支離滅裂な自覚はある。
 仕方ないでしょ。下手に長引かせるほうが恐怖だって、気づいちゃったんだもん。

「マスター──」

「やッ……!」

 律儀なゼノは、ひと声かけてくれた。
 だけどビビリのあたしは、とんと肩へふれた手の感触に、過剰なほど震え上がってしまい。

「……っ」

 誰かが、息を飲む気配。
 いや誰かなんて、あたしのほかに、ここにはひとりしかいない。

 振り返った光景が、やけにスローモーションだ。
 いつも涼しげな輝きをたたえていたこがねの瞳が歪んで見えた気がしたのは、あたしの視界が、にじんでいたせい……?

「……いッ!?」

 つかの間の思考も、突然の痛みによって切断される。
 ギリギリと、右手首をつかまれていたのだ。ともすれば、骨まで軋むくらい。

「いたい、よ……ゼノ」

「……!」

 こがねの瞳が揺らめく。
 見開いた視界に翻る漆黒の裾が映り、右手首の解放感を自覚した頃には、ゼノはもう、深く深く跪いていた。

「申し訳ありません。私は、なんてことを……」

「だ、大丈夫。ちょっと驚いただけ!」

「いいえ。お仕えすべき主を傷つけるなどあってはならないことです。罰をください」

「罰!? いやほんと、大丈夫だから!」

「お願いです、マスター……罰を」

 どくんと脈打ったのは、あたしの心臓だったろうか。
 静かな夜に浮かぶ月のようだった瞳が、頼りなく揺らめいて懇願していた。

「立って、ゼノ」

「マスター、私は」

「命令だよ」

「……かしこまり、ました」

 しばしの躊躇いを挟んで、おもむろに腰を上げるゼノ。
 あたしより余裕で頭ひとつ分以上背の高い彼は、これまでより少しだけ、ちいさく見えた。

「ゼノってさ、意地悪だよね」

「……と、おっしゃいますと」

「あたし、誰かにお仕置きとかしたことないよ。なのに罰とか、立派な無茶振りでしょ」

「…………」

「ね、なんでこんなばか騒ぎしてるか、忘れちゃった? ゼノと仲良くしたいからだよ、あたしも、ジュリも。だから……やっぱり気が乗らなかったとか気を悪くしちゃったなら、言ってね」

「違います」

 語尾に食いつくように発された言葉。発言したゼノ自身が、こがねの瞳を見開き、そして俯いた。

「違うのです……不満など、あろうはずもありません」

「じゃあ、どうして?」

「マスターが……」

「あたしが?」

「……マスターに、拒まれて……泣かせてしまうほど、嫌がられているのだと思うと……どうしようもなく、焦りを感じて。気づいたら……手を」

「そんな、ゼノが思うようなことはないよ」

「いいえ、マスターは私と会話をするとき、いつもぎこちなく笑われます。それに……『ごめん』と、何度も口にされます。けれど愚鈍な私は、何が貴女にそうさせているのか、貴女にかける言葉すらも、わからない……」

 何も思うことはないはずだと、何を根拠に決めつけていたんだろう。
 言葉がなくても、不器用でも、彼はこんなにも想ってくれていたのに。

「……酷く、恐ろしいのです。貴女に、必要とされなくなることが。これはドールとしての本能、なのでしょうか」

 言葉を詰まらせながらも、懸命に切実な心情を吐露する彼に、あたしはエゴを押しつけていただけなんじゃないか。

「これしきのとこで恐怖し、平静を失うなど、マスターをお守りする騎士としてあるまじきことです。私は、欠陥品なのでしょう……廃棄、してください」

「なっ……何言ってるの!」

「マスター、どうか貴女の手で……私を、壊してください」

 お願いします……と、か細い訴えが、やけに耳についた。
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