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52.変わりたい

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 なにがしたいかというより、なにができるかを考えると、案外行動の方針が決まったりします。

「枝豆とじゃこのご飯と、お味噌汁と……主菜にサバの竜田揚げを作ってみました。あとは、かぼちゃの煮つけを少々……」
「日本人には、やっぱご飯と味噌汁だよね!」
「かぼちゃ……甘くておいしい」
「……ありがとう」
「まぁ、この竜田揚げは、生姜が効いていますね」
「私、サバが苦手で……でもこうすると生姜がくさみを消してくれるので、食べられるんです」
「お醤油ベースであっさりしていて、とても美味しいです」
「お口に合って、よかったです」

 みなさんはなにがお好きなのか、零以外はまだ知りませんでしたので、和食のレパートリーの中でも食べやすいものを選びました。

 れい、ナナくん、東雲しののめさんと、まだ食べ盛りの子たちが口々に「おいしい」と言ってくれるおかげで、ひとまず安心です。
 が……五譲ごじょうさんと四紋しもんさんが、なぜか無言で。

(もしかして……苦手なものがあるのかしら)

 それとも単に、味の問題?
 おふたりが普段召し上がってらっしゃるお料理と比べようもないとは、わかってはいますが……

三葉みつばさん……」
「は、はい……」
「……美味しいです」
「ありがとうございます……?」

 どうしましょう。すごく不安になってきました。
 だって枝豆とじゃこのご飯を召し上がりながら、四紋さんがかすかに震えていらっしゃるのです。無理をされているのでしょうか……

「お国柄、と言いましょうか。四紋は梅干しが苦手なんですよ」
「そうなんですか!?」

 たしかに、四紋さんはアメリカのご出身だとお聞きしたことがあります。
 梅干しは独特の酸っぱさがありますから、あちらの方が苦手な日本食トップ3に入るのだと……どうしていまになって思い出すのでしょう。
 じゃことの食べ合わせが良いと、梅肉を入れてしまいました……

「心配はいりませんよ。食べていますし」
「……ほ、本当ですか?」
「えぇ。普段はそもそも食べたがりませんので。さらに言いますと、四紋が急に大人しくなって震え出すのは、最上級に感動しているときです」
「ええと、つまり……?」
「Let's get married――結婚しましょう」
「えっ……!」
「は? なに言ってるの? 日本語しゃべって」
「食事中に寝ぼけないでくださいよ」
「僕は悪いジョークは嫌いだよ。三葉さん……貴女を見ていると、胸が苦しくなってくるんです」
「シモンのこと見ちゃダメふぅちゃん! ヘンな術にかけられる!」
「食事中に盛ってんじゃねーですよ!」
「番になるからには、一番を目指したいね……」
「このひと本気だ!!」
「ふぅちゃんにさわるな――っ!!」
「おまえたち、食事中くらい静かにしろ」

 このときはじめて、五譲さんのお声を聞きました。ぴしゃりと零たちを叱りつけてからは、無言の食事を再開されます。

 ちょっぴり期待して、勝手に落胆しているわたしがいました。
 和食が好きだと言われて、和食を作って……褒めてほしいがために頑張った、子供のようです。なんて厚かましいのでしょうね……

「料理は、長いことやっているのか」

 人知れず肩を落とす直前でした。ふいに問いかけられたのです。

「あっ、はい! 子供のころ、祖母のお手伝いをしていて。作り方を覚えたら、簡単にできるものばかりですけど……」
「いいんじゃないか」
「え……」
「三葉嬢の行動の先には、必ず相手がいるだろう。自分のために、精いっぱい努力してくれた。その姿が見えたから、四紋のバカもアホみたいに喜んでんだろ」
「Yes! てっきり、六月くんたちだけにと思っていたので……三葉さんが少しでも僕のことを想ってお料理を作ってくださったことが、とても嬉しかったのですよ」

 メガネレンズ越しの碧眼は、優雅というより、どこか少年のようなあどけなさを持って、はにかんでいました。

「そういうわけだ。過剰に自分を卑下するな。三葉嬢の料理は、美味い」
「――!」
「まぁ。おしゃべりな五譲ですこと」
「……要望を出した身で一言もふれないのは、筋違いだと思っただけだ」

「以上だ」と結んで、五譲さんは今度こそ無言の食事を再開されます。〝もっと自信を持て〟と、励まされたようでした。

「みなさん……ありがとうございます」

 気弱なわたしも、変われるでしょうか。もしも、自信を持つことで行動の幅が広がるなら……みなさんのお力になるために〝変わりたい〟と、そう思いました。
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