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35.傷だらけの魂

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「りくくん……」
「やめてよ」
「りくくん」
「……やめてってば」
「あなたは、須藤すどう理玖りくくんでもあるんです」
「やめろよッ!!」

 怒号とともに、窓ガラスが砕け散りました。
 破裂した感情のように。
 呼吸を荒らげる彼を、不思議と恐怖心もなく見上げます。

「あなたの人生にあったのがわたしだけとは、到底思えません」
「ちがう……俺には、三葉みつばだけだ……」
「わたしは、あなたがすきです。須藤理玖くんという男の子が、ヒトとしてすきでした」
「っ……リク、が……?」
「えぇ。あなたは寂しい思いをしていたけれど、空っぽなヒトではありませんでした。だって、正義の味方のお話をしてくれたじゃないですか」
「――ッ!!」
「わたしは、考えたこともありませんでした。ヒトの心を動かす魅力が、あなたにはあったんです」

 それは、わたしと出会う以前から、あなたに積み重ねられたもの……

「わたしと出会うまで、須藤理玖くんを支えた15年間が、たしかにあった。辛くても、大切だったから、懐かしく思っているんじゃないですか……!」

 それが、わたしの見解。
 この部屋を生み出した、彼の心理なのです。
 わたしの訴えに、青年は唇を噛みしめます。

「だったらどうすんだよ……俺に戻れって!?」

 核心をついたようでした。

「イヤだ、人間なんてみんな汚い! 嫌いだ、大ッ嫌い! こんなこと話す三葉もキライだ!!」
「きゃっ!」

 両手首を引っつかまれて、ギリギリと力を込められます。

「い、た……!」

 縫いつけられたシーツの上で、冷や汗が噴き出ました。

「きみに救われて、溺れるほどに愛して、狂って……愛せば愛すほど傷つけて! 挙句の果てには殺した! そんなが理玖おれが、一番大ッ嫌いだ!!」

 ……ハッとしました。

「あっちには、たくさんヒトがいるじゃんか……生き返ったら、また孤独になる。きみに依存する。自分でも制御できないほど狂って、また傷つけるんだ……そうなるくらいなら、ここで、穏やかに愛したいんだ……もう……殺したくないっ!」

 ――俺が生き返ったら、三葉が困るよ。

 先ほどの発言には、こんなにも切実な想いが込められていたのです。
 ナナくんがなによりも恐れていた脅威は、彼自身の狂気でした。

「ねぇ、わかってよ……」
「……んっ……!」

 恐る恐るふれるようなキスは、回数を重ねるごとに激しさを増します。

「……はぁっ、みつば……っ!」
「ふぁっ……」

 息継ぎした一瞬で、唇のすべてを奪われます。
 舌を、ねじ込まれたのです。
 とたん、身体の芯が疼くような熱にみまわれました。

(ダメ……!)

 彼を受け止める覚悟もできていないくせに……いけないわ。
 頭ではわかっているのに、身体が言うことを聞きません。
 すがるようにわたしを求める彼の首へ、腕を絡めるのです。

「はぁっ……んんっ……!」

 夢中で舌を絡ませ合い、吐息を溶かし合いました。
 どれだけの時間なんて考える思考は、ありません。

「……かわいい声……」

 かすれた声音をもらし、わたしの口の端を舐める彼。

「気持ちよかったでしょ? 身体が俺を求めてるんだよ……これは俺の自惚れじゃない。きみの本能だ」
「わたし、の……?」
「ココに、俺がいるでしょ……」
「あっ……!」

 つ……と、服の上から胸元をなぞられました。
 それだけなのに、身体が過剰に熱を持つのです。

「俺とともに、世界に拒絶されたきみ……傷だらけの魂が、癒やしを求めてる。きみを癒やせるのは、魂の持ち主である俺だけだ」
「じゃあ、いままでのキスは……」
「ただの愛情表現じゃない。治療行為だよ」

 そうか、だからなのですね。
 唇を重ねるごとに快楽に溺れるような感覚も、いつの間にか消えた頭痛や幻聴も。

「ここにいれば、きみを傷つけずにすむ……ううん、癒やせるんだ。だから、おねがい……俺を拒まないで?」
「……っ!」

 プツリ、プツリと外されるボタン。
 はだけたブラウスから首筋に落とされるキス。
 とっさにシーツを握りしめて、声を押し殺しました。

「ガマンしなくていいよ……俺たちを責めるものは、ここにはない」

 ダメ……

「ね……ぎゅってして?」

 ダメよ……このままじゃ……!

 唇を噛みしめても、両腕は彼の背中に回されます。
 きつくきつく、抱きしめます。
 甘い呪文に操られたようでした。

「ん……」

 彼は酷くホッとしたように、頬をすり寄せます。

「ごめん、俺、はじめてで……痛くしちゃうかもしれない。でも、泣かせるのはこれっきりにするから。頑張って優しくするから……」

 甘さと切なさと熱をはらんだ吐息はわずかに乱れ、すでに余裕がないようでした。

 彼を受け入れたら、二度と戻れない。直感しました。
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