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大馬鹿者のしあわせ㈣
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「赤ちゃんが、出来たの」
誰との、とは、言わずともわかるだろう。
心優しい神は決して怒らず、気丈に祝福してくれるのかもしれない。
「赤子……ですって……?」
しかしながら、サクヤの反応は予想に反していた。
見るからに頬は強ばり、声音も震えている。
「穂花と、オモイカネ様の御子様が……どちらにおわすと?」
「どこって……ここに、たしかに」
「――ッ!!」
なにがどうしてそうなったのか。
己が言葉のどこに着火点があったのか、穂花には理解出来ない。
「失礼致しますっ!」
え、とこぼしたときにはすでに、信じられないほどの力で身体を反転させられていた。
なにが起こった? 意味がわからない。
シュル……と寝間着の帯をほどかれる音で、我に返る。
「ちょ、さく! どうしちゃったの!?」
「大人しくなされませ」
「ひゃっ……ダメだってば……っ!」
はっきり言おう。サクヤらしくない。
振り返ることすら許されない状況が、余計に恐怖を募らせる。
見る間に寝間着を脱がされ、上半身があらわになる。
羞恥で熱いはずの身体ながら、丸めた背筋は凍ったようだった。
けれども、それ以上にふれるものはない。
痛いほどの視線を、背中に感じるだけだ。
「……僭越ながら、この場を持ちましてわたくしコノハナサクヤヒメは、オモイカネノカミ様を、軽蔑申し上げます」
「…………え」
鼓膜にふれた声音は、いつもの音色だ。
いや、いつもの響きの中に、怒気がにじんでいる。
困惑のうちに、剥き出しの肩をふわりと包むものがある。脱がされたはずの寝間着だ。
「こちらを向いて頂けますか、穂花」
手際よく寝間着をととのえながら、サクヤが名を喚んだ。
恐る恐る向き直った穂花の前には、ゆらめく菫の双眸が在った。
「手荒な真似をしてごめんなさい。つい頭に血が上ってしまい……」
桜の袖で頬を撫でながら詫びる姿は、見慣れたサクヤのものにちがいない。
にわかには信じがたいが、真知のなんらかの行動がサクヤの逆鱗にふれたことは、明らかであった。
「なんで、こんなことを……?」
「……良いですか穂花、私は生命を司る神です。ですから、これから私が申し上げますことを、しかとお聞き届けください」
胸がざわめく。
なんだろう……わからないけれど、なんだか、聞きたくない。
「こちらにおわす生命は、ただひとつのみです」
「…………」
「オモイカネ様が虚言を仰られるなど、私も信じられません。ですが」
「……さく、やめよ?」
「紛れもない事実です。あの花が示していたことは」
「もういいから……っ!」
「穂花! 逃げないで。私の眼を見て」
逸らそうとした顔は、存外強い力に行く手を阻まれてしまった。
両頬を桜の袖に捉えられて、視界がにじむ。
厭だ、聞きたくない、厭だ――
「御身に新たな生命は見受けられません。御子様など、はじめからいらっしゃらないのです。わかりますね、穂花?」
――嗚呼、聞きたくなかった。
誰との、とは、言わずともわかるだろう。
心優しい神は決して怒らず、気丈に祝福してくれるのかもしれない。
「赤子……ですって……?」
しかしながら、サクヤの反応は予想に反していた。
見るからに頬は強ばり、声音も震えている。
「穂花と、オモイカネ様の御子様が……どちらにおわすと?」
「どこって……ここに、たしかに」
「――ッ!!」
なにがどうしてそうなったのか。
己が言葉のどこに着火点があったのか、穂花には理解出来ない。
「失礼致しますっ!」
え、とこぼしたときにはすでに、信じられないほどの力で身体を反転させられていた。
なにが起こった? 意味がわからない。
シュル……と寝間着の帯をほどかれる音で、我に返る。
「ちょ、さく! どうしちゃったの!?」
「大人しくなされませ」
「ひゃっ……ダメだってば……っ!」
はっきり言おう。サクヤらしくない。
振り返ることすら許されない状況が、余計に恐怖を募らせる。
見る間に寝間着を脱がされ、上半身があらわになる。
羞恥で熱いはずの身体ながら、丸めた背筋は凍ったようだった。
けれども、それ以上にふれるものはない。
痛いほどの視線を、背中に感じるだけだ。
「……僭越ながら、この場を持ちましてわたくしコノハナサクヤヒメは、オモイカネノカミ様を、軽蔑申し上げます」
「…………え」
鼓膜にふれた声音は、いつもの音色だ。
いや、いつもの響きの中に、怒気がにじんでいる。
困惑のうちに、剥き出しの肩をふわりと包むものがある。脱がされたはずの寝間着だ。
「こちらを向いて頂けますか、穂花」
手際よく寝間着をととのえながら、サクヤが名を喚んだ。
恐る恐る向き直った穂花の前には、ゆらめく菫の双眸が在った。
「手荒な真似をしてごめんなさい。つい頭に血が上ってしまい……」
桜の袖で頬を撫でながら詫びる姿は、見慣れたサクヤのものにちがいない。
にわかには信じがたいが、真知のなんらかの行動がサクヤの逆鱗にふれたことは、明らかであった。
「なんで、こんなことを……?」
「……良いですか穂花、私は生命を司る神です。ですから、これから私が申し上げますことを、しかとお聞き届けください」
胸がざわめく。
なんだろう……わからないけれど、なんだか、聞きたくない。
「こちらにおわす生命は、ただひとつのみです」
「…………」
「オモイカネ様が虚言を仰られるなど、私も信じられません。ですが」
「……さく、やめよ?」
「紛れもない事実です。あの花が示していたことは」
「もういいから……っ!」
「穂花! 逃げないで。私の眼を見て」
逸らそうとした顔は、存外強い力に行く手を阻まれてしまった。
両頬を桜の袖に捉えられて、視界がにじむ。
厭だ、聞きたくない、厭だ――
「御身に新たな生命は見受けられません。御子様など、はじめからいらっしゃらないのです。わかりますね、穂花?」
――嗚呼、聞きたくなかった。
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