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大馬鹿者のしあわせ㈢
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アメノワカヒコの事件を重く見た天津神たちは、中津国平定の為、遂に武力行使へと乗り出す。
高天原にその名を轟かせていた軍神、タケミカヅチを、オオクニヌシのもとへ遣わした。
彼の神の働きもあって、国譲りの交渉もなんとか話し合いのみで承諾を得ることが出来た。
そして――漸く得た葦原中津国統治の権限は、アマテラスの系譜であるニニギノミコトに託されたのだという。
「これが、天孫降臨に至るまでの経緯だ」
ワカヒコの死や、真知の苦悩。
ほかにも様々な犠牲を伴って得た国を託されたのだ、ニニギは。
とたんに身体が震えを刻む。呼吸が苦しくなる。
胸を満たすのは感動とは正反対の……恐怖にも似た感情だ。
「……穂花? どうした」
真知は目敏く異変を感じ取り、うなだれた顔を覗き込もうとする。それよりも、彼の首にしがみつくほうが早かった。
「べにが、言ってた……〝タカミムスビ様に、矢返しをお願いした〟って……それって、もし失敗したら、ワカヒコさんと同じ目に遭うってことだよね……? べにや、さくや、まちくんが、それくらい危ない勝負をしてるんだって、私、いまさらわかったの……」
嗚咽混じりの独白を受け、ふと鼈甲の瞳が和らぐ。
「花が咲けばいいんだ。なにも心配することなんてないだろ?」
背を撫でる手がなにを言わんとするのかは、わかっている。
わかってはいるのだが、その印を、穂花は自分の眼で見ることが出来ない。だから不安でたまらなくなるのだ。
「俺を見くびってもらっちゃ困るな。おまえを置いて、黄泉の女王なんかと浮気するわけがあるか。おまえだけを愛してる……穂花」
「まち、くん……」
「あんまり思い詰めるな。……腹の子にまで障る」
穂花を抱きすくめた真知は、琥珀のまなじりに溜まる雫に唇を寄せ、頬、額にもぬくもりを残してゆく。
本当は、実際に目にした真知のほうが辛いはずなのに。
アメノワカヒコについて話させて、泣き出すなんて、身勝手で、情けないにも程がある。
「ほら、もう寝よう。俺が傍にいる。大丈夫だ」
それでも真知は元気付けようとしてくれる。
軽く肩を押され、寝台に横たえられた身体は、ぱっくりと開いた傷を急速に癒やされるような感覚に戸惑い、上手く動かせない。
「ねぇ……まち、くん」
「なんだ?」
自身も横たわりながら射干玉の髪を梳く真知の声は、この上なく優しかった。
「もうひとつだけ、おしえて……」
もうひとつだけ、これで最後だから――
半ば放心状態で、はて、なにを問おうとしていたのだったか。
「まちくんの……まちくんは……」
言葉はどこだ、どこへやったか?
虚空を引っ掻いて、はたと見つける。
そうだ……最後に訊きたかったことは。
――まちくんの花は、なんだった?
思い出しただけで、ついぞ声には出来なかった。
だから真知も、薄く頬笑むのみだったのだと、そう思う。
高天原にその名を轟かせていた軍神、タケミカヅチを、オオクニヌシのもとへ遣わした。
彼の神の働きもあって、国譲りの交渉もなんとか話し合いのみで承諾を得ることが出来た。
そして――漸く得た葦原中津国統治の権限は、アマテラスの系譜であるニニギノミコトに託されたのだという。
「これが、天孫降臨に至るまでの経緯だ」
ワカヒコの死や、真知の苦悩。
ほかにも様々な犠牲を伴って得た国を託されたのだ、ニニギは。
とたんに身体が震えを刻む。呼吸が苦しくなる。
胸を満たすのは感動とは正反対の……恐怖にも似た感情だ。
「……穂花? どうした」
真知は目敏く異変を感じ取り、うなだれた顔を覗き込もうとする。それよりも、彼の首にしがみつくほうが早かった。
「べにが、言ってた……〝タカミムスビ様に、矢返しをお願いした〟って……それって、もし失敗したら、ワカヒコさんと同じ目に遭うってことだよね……? べにや、さくや、まちくんが、それくらい危ない勝負をしてるんだって、私、いまさらわかったの……」
嗚咽混じりの独白を受け、ふと鼈甲の瞳が和らぐ。
「花が咲けばいいんだ。なにも心配することなんてないだろ?」
背を撫でる手がなにを言わんとするのかは、わかっている。
わかってはいるのだが、その印を、穂花は自分の眼で見ることが出来ない。だから不安でたまらなくなるのだ。
「俺を見くびってもらっちゃ困るな。おまえを置いて、黄泉の女王なんかと浮気するわけがあるか。おまえだけを愛してる……穂花」
「まち、くん……」
「あんまり思い詰めるな。……腹の子にまで障る」
穂花を抱きすくめた真知は、琥珀のまなじりに溜まる雫に唇を寄せ、頬、額にもぬくもりを残してゆく。
本当は、実際に目にした真知のほうが辛いはずなのに。
アメノワカヒコについて話させて、泣き出すなんて、身勝手で、情けないにも程がある。
「ほら、もう寝よう。俺が傍にいる。大丈夫だ」
それでも真知は元気付けようとしてくれる。
軽く肩を押され、寝台に横たえられた身体は、ぱっくりと開いた傷を急速に癒やされるような感覚に戸惑い、上手く動かせない。
「ねぇ……まち、くん」
「なんだ?」
自身も横たわりながら射干玉の髪を梳く真知の声は、この上なく優しかった。
「もうひとつだけ、おしえて……」
もうひとつだけ、これで最後だから――
半ば放心状態で、はて、なにを問おうとしていたのだったか。
「まちくんの……まちくんは……」
言葉はどこだ、どこへやったか?
虚空を引っ掻いて、はたと見つける。
そうだ……最後に訊きたかったことは。
――まちくんの花は、なんだった?
思い出しただけで、ついぞ声には出来なかった。
だから真知も、薄く頬笑むのみだったのだと、そう思う。
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