【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

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大馬鹿者のしあわせ㈡

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「……いまでも、あいつには悪いことをしたと思っている。それくらい、気持ちのいい話じゃない」

 真知まちは口を閉ざしてしまった。
 そっと見上げれば、鼈甲の瞳が目前にじっと据えられている。それでも聞くのかという、無言の問いだ。
 ほのは息を飲み、それからうなずいた。
 ややあって、真知は重い口をこじ開ける。

「ワカヒコはアマテラスの子供でもなんでもないが、頭の切れるやつだった。アマテラスは念の為、鹿を一撃で射抜けるというあめの鹿児かごゆみあめの波々矢はばやを渡して、ワカヒコを遣いにやった」

 天鹿児弓。〝誓約うけい〟の際にべにが天から貸して頂いたと話していた、黄金の弓のことだ。真知いわく、とんでもない代物。

「国譲りの交渉に当たったワカヒコは……オオクニヌシの娘と結婚をし、中津国に住みついてしまった」
「それも、オオクニヌシさんの策にはめられて……?」

 真知は答えない。鼈甲の瞳は夜闇の虚空を見つめているようで、遠いなにかを捉えようとしている。

「……中津国へ降りてからのワカヒコの消息を、俺たちは一切知らなかった。音沙汰がないまま何年も過ぎ、不審に思った俺たちはナキという高天原の鳥を遣いにやった。そして……鳴女は胸を射抜かれた無惨な姿で、無言の帰還を果たした」
「……鳴女を射抜いたのって」
「ワカヒコだ。鳴女を射抜いた勢いもそのままに、天波々矢は高天原まで届いた。これには天津神たちも混乱したよ。あいつはなにを考えているのかってな。そこで声を上げたのは、タカミムスビだ」

 タカミムスビ。それも初耳ではない。

「タカミムスビは、天津神たちの中でも特にことあまかみといううちの一柱だ」

 元々、世界は〝神が住む世界〟〝人が住む世界〟〝死者が住む世界〟の三層に分かれていたが、その境目は明瞭でなく、混沌としていた。

 やがて天地かいびゃく――三つの世界がそれとなく分かれたときに生まれたのが、別天津神なのだという。

「……俺は、あいつが詐欺まがいの甘言に乗せられるとも、考えなしに反抗するとも思えない」
「じゃあ、どうして……」
「ワカヒコ以前に、国譲りの交渉は幾度も失敗している。その上、養父となったオオクニヌシも親の七光りで統治者になったようなもんだ。……自分が中津国をよりよい国にしなければならないというプレッシャーが、のしかかっていたんだと思う」
「ワカヒコさんも……必死だったんだね」
「あぁ……あいつには死して涙を流してくれる家族がいた。それだけの生き方をしたってことだ。だからといって高天原を裏切っていいというわけじゃないが、俺は、ワカヒコを責める気にはなれない」
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