【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

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大馬鹿者のしあわせ㈠

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 高天原たかまがはらも時分は夜。
 ほのは気怠い身体を動かし、書斎へと出づる。仕事を持ち帰った真知まちが、夜更けまで筆を走らせている一角である。

「――天孫降臨に至るまでのことを、教えてほしい?」

 小難しい書簡から逸らされたかんばせは、橙の仄明るい灯明に照らされ、夜闇でわずかな渋面をつくった。

「俺と、それはそれは仲睦まじく暮らしていた――だけじゃ満足出来ないか」
「思い出した記憶が断片的なの。教えてくれたら、まちくんとの想い出も蘇るんじゃないかなぁって」
「俺にもメリットがあるにはあると……おまえも口達者になったな」

 聡い真知のことだ。ふ……と口許に笑みを浮かべたところを見れば、穂花の思惑に気づいているのだろう。

「いいぜ。寝物語に、昔話を聞かせてやろうか」

 硯に筆を寝かせ、椅子から腰を上げた真知は、穂花の手を引いて部屋の奥、寝室へと誘う。
 天蓋つきの寝台へ並んで腰かけたなら、ひと回りちいさな肩を抱き寄せ、体重の一部を引き取った。
 月明かりのみが射し込む部屋に、ひとときの静寂が訪れる。

あしはらのなかくには、元々イザナギとイザナミがつくった国だ。だったら、同じ天津神である自分たちが治めるべきだろうとアマテラスが言い出したのが、事の始まりだ」
「でも、なんやかんやあったんでしょ?」

 偃月の夜、曖昧にぼかされた部分へと、踏み込んでみる。

「アマテラス自身は、高天原での仕事が山積みだったからな。中津国を治める役にまずは自分の長男、オシホミミを指名した。つまりはおまえの父親だ」

 とうに腹は決めていたのか、真知は流暢に答えてゆく。

「天津神の統治案に、国津神たちがデモを起こした。だがオシホミミは下界へ降りることもなく、さっさと戻ってきたんだよ。面倒だってな。さすがボンクラ」

 聞けば高天原では、死ぬことも飢えることもないのだという。
 中津国統治と天秤にかけ、オシホミミは高天原での悠々自適な生活を選んだ。それだけのことなのだ。

「当然、言い出しっぺの馬鹿が納得しなくてな。そこで、高天原の知恵袋がお出ましってわけだ」

 早くも口調に棘が見え隠れし始めた。「こっちだって迷惑してんだよ」と嘆息していた夜のことを思い出す。

「俺はアマテラスの次男、ホヒを指名した。あいつは兄貴とちがって生真面目だったからな。中津国を譲ってもらえるよう、穏便に交渉を進めてくれるだろうと考えていたが……」
「そう上手くは行かなかったんだね」
「当時中津国を治めていた国津神たちの長、オオクニヌシの策にハマッてな。上手い口車に乗せられて、向こうに取り込まれてしまった。アマテラスの息子たちが使い物にならないと早々に踏んだ俺は、次にアメノワカヒコを指名した」
「アメノ、ワカヒコ……」

 どこか聞き憶えのある名だ。
 しばし考え、思い出す。そうだ、たしか〝誓約うけい〟を行った偃月の夜に、真知が口にしていた。

〝アメノワカヒコの惨劇を繰り返すつもりか……〟――と。
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