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遥かなる懐古㈠ ※R15
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にわかに巻き起こった深愛の嵐は、またたく間に乙女を呑み込んだ。
いけない、駄目だと抵抗していたなけなしの理性も、いまとなっては意味を成さない。
もう、まぐわってしまったのだから。
「……気持ちいいか?」
わずかに離れた鼈甲の瞳が、熱を浮かべたまま問う。こくりと首を前に倒し、肯定を知らせた。
散らされた花びらは元には戻らない。ひとたび諦めてしまえば、与えられる快楽に身体は満たされてゆく。
「俺につかまれ。ゆっくりする。辛くなったら言え」
一度交わった為か、受け入れられているという安堵の為か。
制止の間もなく華奢な身体を暴いた真知の表情は、実に凪いでいる。
彼は恐ろしくなるほどに、優しかった。
ゆるゆると繰り返される律動に合わせ、寝台がきしりと鳴く。そして穂花もまた。
「あっ……ん……や、ぁ!」
熱は溜まっていく一方であるのに、一向に発散させてはくれない。
意地悪ではない。穂花の身体を大切に扱うからこそ。そうとわかってはいても、辛くて仕方がない。
「まちく……おねが、はやく……んっ」
ろくに思考も回らない中、早く楽にしてくれとねだる。刹那、真知の整った造形がぐ、と歪む。
「ばか……あんまかわいいこと言ってると……っ!」
自分の一言が、語尾ごと真知の理性を焼き切ったことを、いまの穂花に理解できるはずもない。
辛うじてわかるのは、荒い呼吸の中、自分の名を喚び続ける声。
「穂花……ほのか、ほのか……っ!」
「まち、く……んんっ!」
熱に濡れた視線を交わし、どちらともなく唇を重ねる。
主導権を握ることが男の矜持だと、サクヤは話していた。では、閨において女の矜持とはなんなのだろう。
少なくとも、抱かれながらちがう男性へ想いを馳せることだとは、到底思えなかった。
そんな雑念を悟られぬように、自ら唇を開き、熱い舌を迎え入れる。
昨晩までは、たしかに生娘であった。甘えたような吐息を漏らしながら舌を絡ませるいまは、自分の使い方を良く心得た、浅ましい女だ。
この姿は、真知の望むように映っているだろう。しかし本心では、哀しさと申し訳なさで感情がない混ぜだ。愛しいのかは、よくわからない。
幾ら愛していると囁かれても、同じ言霊を返す準備がととのっていない。
にも関わらず、肉体の快楽だけは享受するのだ。これが浅ましくなければ、なんとする。
嗚呼……厭だ。たとえ天孫ゆえと全てを赦されるとしても、自分で自分が赦せない。
「ほのか……力を、抜け……っ」
切なげに訴える額には玉の汗。真知も限界にちがいなかった。
意図して出来るならば、喜んでそうしよう。自分は器用ではないから、子供がするようにいやいやと首を振り、わけもわからないままにしがみつくのみ。
「っ……おまえな……かわいすぎだろ……止まらなくなる……っ」
「あ……ッ!」
明らかに動きが変わった。
それまでの慈愛で満たすようなものとはちがう。ただ、相手と高みを求める為だけのもの。
「ほのか……おまえは、俺のもの、だろ……?」
「……わたし、は」
「約束したじゃないか……俺たちは、ずっと一緒だって……!」
「んぁ……や、あっ」
引き締まった裸体に掻き抱かれ、揺さぶられる。絶えず嬌声をあげさせられて、呼吸もままならない。
真知も、荒い呼吸を整えようとはしない。熱に浮かされたように、切実に吐露し続ける。
「おまえの為なら、肩書きなんか捨ててやる……馬鹿にでも阿呆にでもなってやる……俺はっ……おまえ以外、なにも要らないッ!」
「……あぁッ!」
――やがて、交わりは最奥まで。
明滅する視界。
それは、電撃に麻痺したようでも、津波に溺れたようでもある。
気づけば、筋肉質な背に爪を立てていた。自分の悲鳴に混じって、熱い呻き声が耳朶にふれ――
「……お、れが……まもる」
たったひと言。そのうわ言が、戦慄を走らせる。
〝おまえのことは、俺が守ってやるからな〟
〝だから、なにも心配しなくていい……〟
〝天孫じゃないおまえを愛してる――ニニギ〟
そうだ。遥か昔、彼は約束してくれた。
あのとき、ニニギはなんと返したのだっけ。
――〝ありがとう〟と、泣きながら頬笑んだのだっけ。
「……私もだいすきです、おじさま」
ぽつりとこぼれた独り言に、耳許の呼吸が一瞬だけ止まる。
「……失礼な。俺はまだまだ若いって言ってるだろ」
言葉とは裏腹に破顔した真知の鼈甲が、とびきり甘く蕩ける。
「せめてお兄さんと言え。ばーか」
そうして落とされた口付けは、泣きたくなるくらいに、懐かしい味がした。
いけない、駄目だと抵抗していたなけなしの理性も、いまとなっては意味を成さない。
もう、まぐわってしまったのだから。
「……気持ちいいか?」
わずかに離れた鼈甲の瞳が、熱を浮かべたまま問う。こくりと首を前に倒し、肯定を知らせた。
散らされた花びらは元には戻らない。ひとたび諦めてしまえば、与えられる快楽に身体は満たされてゆく。
「俺につかまれ。ゆっくりする。辛くなったら言え」
一度交わった為か、受け入れられているという安堵の為か。
制止の間もなく華奢な身体を暴いた真知の表情は、実に凪いでいる。
彼は恐ろしくなるほどに、優しかった。
ゆるゆると繰り返される律動に合わせ、寝台がきしりと鳴く。そして穂花もまた。
「あっ……ん……や、ぁ!」
熱は溜まっていく一方であるのに、一向に発散させてはくれない。
意地悪ではない。穂花の身体を大切に扱うからこそ。そうとわかってはいても、辛くて仕方がない。
「まちく……おねが、はやく……んっ」
ろくに思考も回らない中、早く楽にしてくれとねだる。刹那、真知の整った造形がぐ、と歪む。
「ばか……あんまかわいいこと言ってると……っ!」
自分の一言が、語尾ごと真知の理性を焼き切ったことを、いまの穂花に理解できるはずもない。
辛うじてわかるのは、荒い呼吸の中、自分の名を喚び続ける声。
「穂花……ほのか、ほのか……っ!」
「まち、く……んんっ!」
熱に濡れた視線を交わし、どちらともなく唇を重ねる。
主導権を握ることが男の矜持だと、サクヤは話していた。では、閨において女の矜持とはなんなのだろう。
少なくとも、抱かれながらちがう男性へ想いを馳せることだとは、到底思えなかった。
そんな雑念を悟られぬように、自ら唇を開き、熱い舌を迎え入れる。
昨晩までは、たしかに生娘であった。甘えたような吐息を漏らしながら舌を絡ませるいまは、自分の使い方を良く心得た、浅ましい女だ。
この姿は、真知の望むように映っているだろう。しかし本心では、哀しさと申し訳なさで感情がない混ぜだ。愛しいのかは、よくわからない。
幾ら愛していると囁かれても、同じ言霊を返す準備がととのっていない。
にも関わらず、肉体の快楽だけは享受するのだ。これが浅ましくなければ、なんとする。
嗚呼……厭だ。たとえ天孫ゆえと全てを赦されるとしても、自分で自分が赦せない。
「ほのか……力を、抜け……っ」
切なげに訴える額には玉の汗。真知も限界にちがいなかった。
意図して出来るならば、喜んでそうしよう。自分は器用ではないから、子供がするようにいやいやと首を振り、わけもわからないままにしがみつくのみ。
「っ……おまえな……かわいすぎだろ……止まらなくなる……っ」
「あ……ッ!」
明らかに動きが変わった。
それまでの慈愛で満たすようなものとはちがう。ただ、相手と高みを求める為だけのもの。
「ほのか……おまえは、俺のもの、だろ……?」
「……わたし、は」
「約束したじゃないか……俺たちは、ずっと一緒だって……!」
「んぁ……や、あっ」
引き締まった裸体に掻き抱かれ、揺さぶられる。絶えず嬌声をあげさせられて、呼吸もままならない。
真知も、荒い呼吸を整えようとはしない。熱に浮かされたように、切実に吐露し続ける。
「おまえの為なら、肩書きなんか捨ててやる……馬鹿にでも阿呆にでもなってやる……俺はっ……おまえ以外、なにも要らないッ!」
「……あぁッ!」
――やがて、交わりは最奥まで。
明滅する視界。
それは、電撃に麻痺したようでも、津波に溺れたようでもある。
気づけば、筋肉質な背に爪を立てていた。自分の悲鳴に混じって、熱い呻き声が耳朶にふれ――
「……お、れが……まもる」
たったひと言。そのうわ言が、戦慄を走らせる。
〝おまえのことは、俺が守ってやるからな〟
〝だから、なにも心配しなくていい……〟
〝天孫じゃないおまえを愛してる――ニニギ〟
そうだ。遥か昔、彼は約束してくれた。
あのとき、ニニギはなんと返したのだっけ。
――〝ありがとう〟と、泣きながら頬笑んだのだっけ。
「……私もだいすきです、おじさま」
ぽつりとこぼれた独り言に、耳許の呼吸が一瞬だけ止まる。
「……失礼な。俺はまだまだ若いって言ってるだろ」
言葉とは裏腹に破顔した真知の鼈甲が、とびきり甘く蕩ける。
「せめてお兄さんと言え。ばーか」
そうして落とされた口付けは、泣きたくなるくらいに、懐かしい味がした。
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