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コヒネガフ㈤
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たとえどんな非日常が訪れようと、恐ろしいほどに顔色を変えず、時は流れてゆく。
「もぉ、紅のばかぁ……! 思い出させるから、身体が痛くなってきたじゃない……!」
自分は神なのであろうが、現代日本に生きる女子高生にもちがいない。今日が休日で良かったと、心の底から感謝する。
普通ならば部屋でおとなしくしているべきなのだろう。実際あの兄弟にもそう勧められた。
だが色んなことを一度に聞かされ、張り詰めた風船が弾けてしまいそうだった。
じっとしていても身体がなまるだけだという思考も手伝い、散歩というささやかな気分転換に乗り出したわけだ。
鶯が歌う庭へ、靴に履き替えて出づる。空高くから照らす陽光がまぶしい。
そんな中でも堂々と咲き誇る椿たちは、霞むどころか、より鮮やかに思えた。
「――穂花」
そよ風が髪をなびかせる。
名を喚んだのは淡泊な声音。親しい仲だからこそ、秘められた熱に気づけるほどの。
振り返った先で、若草色の衣がはためく。
「……まちくん」
わざわざ背後を取った青年は、椿の生け垣から眼を逸らさせたくてたまらなかったような、もどかしげな面持ちをしていた。
真知との間には、二歩分の距離がある。穂花はそれがもどかしかった。
「あいつらはどうした」
淡々と問う眼差しは、ひとりで出歩く妹を叱る兄のようであって、ちがう。
「紅とさくは兄弟水入らずしてもらってる。蒼はお腹いっぱいで、お昼寝中だよ。……まちくんは、落ち着いた?」
蒼に足止めされ、剣を抜くほど激昂していた真知だ。
そう簡単には冷めやらぬとは思っていたが……彼はやはり、神体のままであった。
「おかげで未だにくすぶってるぜ。はらわたが煮えくり返るほどにな」
「ねぇまちくん、誤解させちゃったけど……紅も蒼も、ホントは優しいんだよ?」
「そうやっておまえが庇うことが気に入らない」
見誤った。
二歩分だと高をくくっていたが、真知にとっては一歩にも満たなかった。
呆けている間に距離を詰められ、肩をわし掴まれてしまう。
「なぁ、俺はおまえの友か。それとも兄か」
「まちくんは……私の伯父さん、なんでしょ……?」
「事実なんかどうでもいい。おまえの気持ちを言え」
問われているのか責められているのか、もはやわからない。
返答として赦される言葉は、たったひとつなのだろう。
だが鋭い追及を前に畏縮してしまった穂花には、真知が望む答えを見つけ出す為の1歩を踏み出す勇気がない。
結果として、穂花からの返答はない。水中にでもいるかのような息苦しい沈黙が、真知に痺れを切れさせる。
「俺は……おまえを、愛してる……」
それは、茜の校舎裏で、聞いた。
あのときは戸惑うばかりだったが、血を引く家族である為と知ったいまならば、当然だとうなずける。
……うなずけるはずだった。
「おまえを姪だなんて思えない……」
「まち、くん……?」
「子を成した? 想いを交わした? ふざけるな……誰よりもおまえを見守り、愛してきたのは、俺だ! 俺にとっておまえは女なんだよ、穂花……っ!」
「きゃあッ!?」
翻る若草色の衣。裏地の黄金色が、視界を覆い尽くす。
同時に身体が浮く。足が地面を捉えられない恐怖が、真知へしがみつかさせた。
きつくまぶたを閉ざしては、なにが起きたのかたしかめようもない。ただ、強風に煽られているような感覚のみが在る。
やがて突風は凪ぐ。恐る恐るまぶたを持ち上げる穂花だが、焦点が合うより早く天地をひっくり返されてしまう。
「怖がるな。俺の部屋だ」
その言葉を信じる道しかなく、こわごわと視線を巡らせる。
そしてあぜんとした。自分がいるのは、見渡す限りの広い部屋。
大理石の無機質な空間に、横たえられている。天蓋つきの寝台に、組み敷かれるというかたちで。
真知は自分の部屋だと言うが、まさかこれが一男子高校生の自室であるはずがなかろう。
「もぉ、紅のばかぁ……! 思い出させるから、身体が痛くなってきたじゃない……!」
自分は神なのであろうが、現代日本に生きる女子高生にもちがいない。今日が休日で良かったと、心の底から感謝する。
普通ならば部屋でおとなしくしているべきなのだろう。実際あの兄弟にもそう勧められた。
だが色んなことを一度に聞かされ、張り詰めた風船が弾けてしまいそうだった。
じっとしていても身体がなまるだけだという思考も手伝い、散歩というささやかな気分転換に乗り出したわけだ。
鶯が歌う庭へ、靴に履き替えて出づる。空高くから照らす陽光がまぶしい。
そんな中でも堂々と咲き誇る椿たちは、霞むどころか、より鮮やかに思えた。
「――穂花」
そよ風が髪をなびかせる。
名を喚んだのは淡泊な声音。親しい仲だからこそ、秘められた熱に気づけるほどの。
振り返った先で、若草色の衣がはためく。
「……まちくん」
わざわざ背後を取った青年は、椿の生け垣から眼を逸らさせたくてたまらなかったような、もどかしげな面持ちをしていた。
真知との間には、二歩分の距離がある。穂花はそれがもどかしかった。
「あいつらはどうした」
淡々と問う眼差しは、ひとりで出歩く妹を叱る兄のようであって、ちがう。
「紅とさくは兄弟水入らずしてもらってる。蒼はお腹いっぱいで、お昼寝中だよ。……まちくんは、落ち着いた?」
蒼に足止めされ、剣を抜くほど激昂していた真知だ。
そう簡単には冷めやらぬとは思っていたが……彼はやはり、神体のままであった。
「おかげで未だにくすぶってるぜ。はらわたが煮えくり返るほどにな」
「ねぇまちくん、誤解させちゃったけど……紅も蒼も、ホントは優しいんだよ?」
「そうやっておまえが庇うことが気に入らない」
見誤った。
二歩分だと高をくくっていたが、真知にとっては一歩にも満たなかった。
呆けている間に距離を詰められ、肩をわし掴まれてしまう。
「なぁ、俺はおまえの友か。それとも兄か」
「まちくんは……私の伯父さん、なんでしょ……?」
「事実なんかどうでもいい。おまえの気持ちを言え」
問われているのか責められているのか、もはやわからない。
返答として赦される言葉は、たったひとつなのだろう。
だが鋭い追及を前に畏縮してしまった穂花には、真知が望む答えを見つけ出す為の1歩を踏み出す勇気がない。
結果として、穂花からの返答はない。水中にでもいるかのような息苦しい沈黙が、真知に痺れを切れさせる。
「俺は……おまえを、愛してる……」
それは、茜の校舎裏で、聞いた。
あのときは戸惑うばかりだったが、血を引く家族である為と知ったいまならば、当然だとうなずける。
……うなずけるはずだった。
「おまえを姪だなんて思えない……」
「まち、くん……?」
「子を成した? 想いを交わした? ふざけるな……誰よりもおまえを見守り、愛してきたのは、俺だ! 俺にとっておまえは女なんだよ、穂花……っ!」
「きゃあッ!?」
翻る若草色の衣。裏地の黄金色が、視界を覆い尽くす。
同時に身体が浮く。足が地面を捉えられない恐怖が、真知へしがみつかさせた。
きつくまぶたを閉ざしては、なにが起きたのかたしかめようもない。ただ、強風に煽られているような感覚のみが在る。
やがて突風は凪ぐ。恐る恐るまぶたを持ち上げる穂花だが、焦点が合うより早く天地をひっくり返されてしまう。
「怖がるな。俺の部屋だ」
その言葉を信じる道しかなく、こわごわと視線を巡らせる。
そしてあぜんとした。自分がいるのは、見渡す限りの広い部屋。
大理石の無機質な空間に、横たえられている。天蓋つきの寝台に、組み敷かれるというかたちで。
真知は自分の部屋だと言うが、まさかこれが一男子高校生の自室であるはずがなかろう。
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