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コヒネガフ㈠
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彼の二柱を足止めせよ。命を奪ってはならぬ。
〝誓約〟の後、紅は使い魔である蒼に言い付けたのだという。
真知とサクヤを遠ざけた蒼は、見事主の期待に応えてみせたのだ。
一夜の出来事がにわかには信じ難い。が、天真爛漫な蒼が狂暴な妖としての性を持ち合わせていることは、真知に剣を抜かせた事実が証明している。
「ねーさまは、あおがキライになっちゃった……?」
サクヤの説教を受け、穂花に問いかける硝子の声音は、不安げであった。
いまにも雨の降り出しそうな天色に、責め立てる気など起きるはずもない。
「嫌わないよ。自分がケガしても、蒼はまちくんやさくを傷つけたりしなかったでしょ?」
「だって、ぬしさまの言いつけだったから……」
「蒼のそういう純粋で一生懸命なところ、私好きだよ」
「……ふぇっ、あおもすき! ねーさまだいすき~!」
「わっ!?」
感極まった蒼は、穂花を熱く抱擁するだけにとどまらない。
頬の鱗を擦り寄せられ、ちろり、ちろり。慣れない感触にしばし呆けた穂花は、三拍遅れて舐められたことに気づく。
存外長い蛇のような舌は、目にも鮮やかな血色。それで、さながらはしゃいだ犬が飼い主にするかのごとく、穂花の頬を舐めているのだ。
人の姿をとった蒼は穂花と同じ年ごろ。華奢だが身体は男子のそれで、逃げる術がなければ、されるがままであるしかない。
状況が状況ながら羞恥を憶えないのは、蒼の幼い言動に感化された親愛が勝った為か。
「ふふ……蒼、くすぐったい」
「ねーさま、あったかいね。やわらかくて……あまくて、おいしい」
「いやぁそれほどでも……うん?」
うっかり相づちを打ちそうになったが、なにやら衝撃的な単語を発されなかっただろうか。
「これ蒼、穂花の神気をつまみ食いなど、はしたないぞ。腹を空かせているのならわたしに申せ」
「ごめんなさい! あおもうペコペコ~」
「えっ……えっ?」
「蒼は兄上の神気を取り込むことで、命を繋いできたのですよ」
すかさずサクヤの助け船がある。
そういえば紅が「蒼は世間一般的な食事を必要としない」と言っていた。なにがなにやらわからないが、どうやら命を繋ぐ為に〝食べられていた〟らしい。
「ぬしさま、あおがんばった! ごほうびちょうだい!」
「わかっておる。急くな、急くな」
やれやれ、と肩をすくめつつも、紅は畳の上で居ずまいを正す。
「蒼に〝食事〟をさせて参ります。……面を外します。わたしの神気にあてられてはなりませぬから、穂花はこちらでお待ちを」
なぜ紅の神気にふれてはいけないのか。愛する相手であるのに。
甚だ疑問に思えど、声にはできない。
ひそめられた草笛の音色、真剣な面持ちを前に、なにか思うことがあっての言葉とはかり知った為。
「うん、わかった。さくとお話してるね」
「では……穂花を頼んだぞ、サクヤ」
「承知いたしました。どうぞ、お任せを」
穂花、次いでサクヤを見やった紅は、ふわりと紅玉をほころばせる。
そうして蒼を連れ立ち、まぶしい陽光の中庭へと消えていった。
彼の二柱を足止めせよ。命を奪ってはならぬ。
〝誓約〟の後、紅は使い魔である蒼に言い付けたのだという。
真知とサクヤを遠ざけた蒼は、見事主の期待に応えてみせたのだ。
一夜の出来事がにわかには信じ難い。が、天真爛漫な蒼が狂暴な妖としての性を持ち合わせていることは、真知に剣を抜かせた事実が証明している。
「ねーさまは、あおがキライになっちゃった……?」
サクヤの説教を受け、穂花に問いかける硝子の声音は、不安げであった。
いまにも雨の降り出しそうな天色に、責め立てる気など起きるはずもない。
「嫌わないよ。自分がケガしても、蒼はまちくんやさくを傷つけたりしなかったでしょ?」
「だって、ぬしさまの言いつけだったから……」
「蒼のそういう純粋で一生懸命なところ、私好きだよ」
「……ふぇっ、あおもすき! ねーさまだいすき~!」
「わっ!?」
感極まった蒼は、穂花を熱く抱擁するだけにとどまらない。
頬の鱗を擦り寄せられ、ちろり、ちろり。慣れない感触にしばし呆けた穂花は、三拍遅れて舐められたことに気づく。
存外長い蛇のような舌は、目にも鮮やかな血色。それで、さながらはしゃいだ犬が飼い主にするかのごとく、穂花の頬を舐めているのだ。
人の姿をとった蒼は穂花と同じ年ごろ。華奢だが身体は男子のそれで、逃げる術がなければ、されるがままであるしかない。
状況が状況ながら羞恥を憶えないのは、蒼の幼い言動に感化された親愛が勝った為か。
「ふふ……蒼、くすぐったい」
「ねーさま、あったかいね。やわらかくて……あまくて、おいしい」
「いやぁそれほどでも……うん?」
うっかり相づちを打ちそうになったが、なにやら衝撃的な単語を発されなかっただろうか。
「これ蒼、穂花の神気をつまみ食いなど、はしたないぞ。腹を空かせているのならわたしに申せ」
「ごめんなさい! あおもうペコペコ~」
「えっ……えっ?」
「蒼は兄上の神気を取り込むことで、命を繋いできたのですよ」
すかさずサクヤの助け船がある。
そういえば紅が「蒼は世間一般的な食事を必要としない」と言っていた。なにがなにやらわからないが、どうやら命を繋ぐ為に〝食べられていた〟らしい。
「ぬしさま、あおがんばった! ごほうびちょうだい!」
「わかっておる。急くな、急くな」
やれやれ、と肩をすくめつつも、紅は畳の上で居ずまいを正す。
「蒼に〝食事〟をさせて参ります。……面を外します。わたしの神気にあてられてはなりませぬから、穂花はこちらでお待ちを」
なぜ紅の神気にふれてはいけないのか。愛する相手であるのに。
甚だ疑問に思えど、声にはできない。
ひそめられた草笛の音色、真剣な面持ちを前に、なにか思うことがあっての言葉とはかり知った為。
「うん、わかった。さくとお話してるね」
「では……穂花を頼んだぞ、サクヤ」
「承知いたしました。どうぞ、お任せを」
穂花、次いでサクヤを見やった紅は、ふわりと紅玉をほころばせる。
そうして蒼を連れ立ち、まぶしい陽光の中庭へと消えていった。
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