【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

文字の大きさ
上 下
56 / 77

コヒネガフ㈠

しおりを挟む

 彼の二柱を足止めせよ。命を奪ってはならぬ。

誓約うけい〟の後、べには使い魔であるあおに言い付けたのだという。
 真知まちとサクヤを遠ざけた蒼は、見事主の期待に応えてみせたのだ。

 一夜の出来事がにわかには信じ難い。が、天真爛漫な蒼が狂暴な妖としての性を持ち合わせていることは、真知に剣を抜かせた事実が証明している。

「ねーさまは、あおがキライになっちゃった……?」

 サクヤの説教を受け、ほのに問いかける硝子の声音は、不安げであった。
 いまにも雨の降り出しそうな天色に、責め立てる気など起きるはずもない。

「嫌わないよ。自分がケガしても、蒼はまちくんやさくを傷つけたりしなかったでしょ?」
「だって、ぬしさまの言いつけだったから……」
「蒼のそういう純粋で一生懸命なところ、私好きだよ」
「……ふぇっ、あおもすき! ねーさまだいすき~!」
「わっ!?」

 感極まった蒼は、穂花を熱く抱擁するだけにとどまらない。
 頬の鱗を擦り寄せられ、ちろり、ちろり。慣れない感触にしばし呆けた穂花は、三拍遅れて舐められたことに気づく。

 存外長い蛇のような舌は、目にも鮮やかな血色。それで、さながらはしゃいだ犬が飼い主にするかのごとく、穂花の頬を舐めているのだ。

 人の姿をとった蒼は穂花と同じ年ごろ。華奢だが身体は男子のそれで、逃げる術がなければ、されるがままであるしかない。
 状況が状況ながら羞恥を憶えないのは、蒼の幼い言動に感化された親愛が勝った為か。

「ふふ……蒼、くすぐったい」
「ねーさま、あったかいね。やわらかくて……あまくて、おいしい」
「いやぁそれほどでも……うん?」

 うっかり相づちを打ちそうになったが、なにやら衝撃的な単語を発されなかっただろうか。

「これ蒼、穂花の神気をつまみ食いなど、はしたないぞ。腹を空かせているのならわたしに申せ」
「ごめんなさい! あおもうペコペコ~」
「えっ……えっ?」
「蒼は兄上の神気を取り込むことで、命を繋いできたのですよ」

 すかさずサクヤの助け船がある。

 そういえば紅が「蒼は世間一般的な食事を必要としない」と言っていた。なにがなにやらわからないが、どうやら命を繋ぐ為に〝食べられていた〟らしい。

「ぬしさま、あおがんばった! ごほうびちょうだい!」
「わかっておる。急くな、急くな」

 やれやれ、と肩をすくめつつも、紅は畳の上で居ずまいを正す。

「蒼に〝食事〟をさせて参ります。……面を外します。わたしの神気にあてられてはなりませぬから、穂花はこちらでお待ちを」

 なぜ紅の神気にふれてはいけないのか。愛する相手であるのに。

 甚だ疑問に思えど、声にはできない。
 ひそめられた草笛の音色、真剣な面持ちを前に、なにか思うことがあっての言葉とはかり知った為。

「うん、わかった。さくとお話してるね」
「では……穂花を頼んだぞ、サクヤ」
「承知いたしました。どうぞ、お任せを」

 穂花、次いでサクヤを見やった紅は、ふわりと紅玉をほころばせる。
 そうして蒼を連れ立ち、まぶしい陽光の中庭へと消えていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貞操逆転世界なのに思ってたのとちがう?

イコ
恋愛
貞操逆転世界に憧れる主人公が転生を果たしたが、自分の理想と現実の違いに思っていたのと違うと感じる話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...