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桜に赦しを㈢
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「なにをなさる。わたしは離れませぬぞ」
「仲直り! したいんでしょ!」
「厭じゃ! 絶対に離れませぬ! わたしは穂花といっしょにおりまする!」
「ワガママもいい加減にしなさ――い!」
「厭じゃ~っ!」
「お、おふたりとも、どうか仲良く……」
「さくっ、パスッ!」
「えっ?」
平和をこよなく愛する穂花であるが、今回ばかりは心を鬼にする。
そうして力ずくで引き剥がした紅の背を、思いきり突き飛ばせば……その先にいたサクヤが、反射的に受け止めた。
これにはサクヤも、おろおろと視線を泳がせるばかり。
「え、あの……」
「……」
「あに、うえ……」
「…………」
よろめいたところを受け止めた為、サクヤの肩に紅が寄りかかったのみの状態。
紅の背に腕は回されているが、その逆はない。
「……なにが悲しくて、抱きつかねばならんのだ」
「あ……出すぎた真似を。申し訳、ありません。すぐに――」
「何故おまえは拒まぬ! 何故わたしを兄と喚ぶ!? 何故……何故……嫉妬に狂うわたしばかりが、惨めじゃ……」
はらり……ひらり。
紅玉からこぼれ落ちた桜の花びらが静寂を舞い、やはり、霧散する。
「貴方様は……私に赦してほしいのですか?」
「……そうだ、と言うなればなんとする。わかっておるわ、己が業深きことは……」
「申し訳ありません、それは致しかねます。だって私は、貴方様を咎めたことなど、ただの一度もありませんもの」
「――!」
「責めてもいないのに、どうして赦すことができましょう。ですから、そのような小難しいことにお心を割かずともよいのです……」
身体つきは兄よりも華奢。そんなサクヤが、紅を桜の袖いっぱいに包み込む。
「愛しています」
「っ……」
「私の兄は、貴方様ただおひとりです……紅兄上?」
「……サク、ヤ……っ!」
ひとたび名を喚び、桜の衣に顔を埋める。
紅からそれ以上の言葉はなかった。
嗚咽に阻まれているのだから、当然のことだが。
「まるで、牙の抜けた獅子だな。……馬鹿らしい」
毒気を抜かれたように嘆息をもらし、ふいと顔を背ける真知。
彼もようやく、いたずらに争うことの〝馬鹿らしさ〟に気づいたらしい。
「よかったね、紅。……しがみつける相手がいて」
サクヤの背に回された、紺青の袖。
そっとささやき、穂花はそのまぶしい光景を細く切りとった。
――小袖の五月雨は、桜に包まれて。
「仲直り! したいんでしょ!」
「厭じゃ! 絶対に離れませぬ! わたしは穂花といっしょにおりまする!」
「ワガママもいい加減にしなさ――い!」
「厭じゃ~っ!」
「お、おふたりとも、どうか仲良く……」
「さくっ、パスッ!」
「えっ?」
平和をこよなく愛する穂花であるが、今回ばかりは心を鬼にする。
そうして力ずくで引き剥がした紅の背を、思いきり突き飛ばせば……その先にいたサクヤが、反射的に受け止めた。
これにはサクヤも、おろおろと視線を泳がせるばかり。
「え、あの……」
「……」
「あに、うえ……」
「…………」
よろめいたところを受け止めた為、サクヤの肩に紅が寄りかかったのみの状態。
紅の背に腕は回されているが、その逆はない。
「……なにが悲しくて、抱きつかねばならんのだ」
「あ……出すぎた真似を。申し訳、ありません。すぐに――」
「何故おまえは拒まぬ! 何故わたしを兄と喚ぶ!? 何故……何故……嫉妬に狂うわたしばかりが、惨めじゃ……」
はらり……ひらり。
紅玉からこぼれ落ちた桜の花びらが静寂を舞い、やはり、霧散する。
「貴方様は……私に赦してほしいのですか?」
「……そうだ、と言うなればなんとする。わかっておるわ、己が業深きことは……」
「申し訳ありません、それは致しかねます。だって私は、貴方様を咎めたことなど、ただの一度もありませんもの」
「――!」
「責めてもいないのに、どうして赦すことができましょう。ですから、そのような小難しいことにお心を割かずともよいのです……」
身体つきは兄よりも華奢。そんなサクヤが、紅を桜の袖いっぱいに包み込む。
「愛しています」
「っ……」
「私の兄は、貴方様ただおひとりです……紅兄上?」
「……サク、ヤ……っ!」
ひとたび名を喚び、桜の衣に顔を埋める。
紅からそれ以上の言葉はなかった。
嗚咽に阻まれているのだから、当然のことだが。
「まるで、牙の抜けた獅子だな。……馬鹿らしい」
毒気を抜かれたように嘆息をもらし、ふいと顔を背ける真知。
彼もようやく、いたずらに争うことの〝馬鹿らしさ〟に気づいたらしい。
「よかったね、紅。……しがみつける相手がいて」
サクヤの背に回された、紺青の袖。
そっとささやき、穂花はそのまぶしい光景を細く切りとった。
――小袖の五月雨は、桜に包まれて。
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