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一迅の刃㈠
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齢十六にして窒素死の危機に瀕した穂花は、すぐさま救出を行った紅による必死の介抱が功を奏し、事なきを得た。
「申し訳ございません。なんとお詫びしたら良いか……」
「ごめんなさいぃ~……!」
「いやいやいや! 大丈夫だから顔上げて、ねっ!?」
只今の状況はというと、膝を突き合わせた紅、蒼、二名による、額を畳に擦り付けんばかりの五体投地が炸裂していた。別名土下座とも言う。
たしかになにやら景色の綺麗な場所へ意識を飛ばしかけた穂花だが、無事戻ってくることができた。こうして陳謝されているほうが心臓に悪い。
その旨を声高に訴えかけたところ、渋々といったように紅、次いで蒼が身を起こした。
これにて詰問時間は終了と相成る。そもそも始めてもいないが。
「いやぁ、まさか蒼がねぇ」
「わたしが躾けましたゆえ、そこらの妖には劣らぬものと自負しております。……が、人のかたちを取ることが不得手でありましてな」
「足であるくの、むずかしい……あと、あお力つよいから、よくものをこわしちゃう……」
「悪気はないのです。このように反省しておりますので、どうかご寛恕いただきますよう」
「あおも、きをつけます……」
この世の終わりのような面持ちで猛省されては、いよいよ胸が痛くなってきた。
「気にしないで。蒼がいい子だって、私は知ってるからね。どうせなら、楽しいおしゃべりでもしようよ!」
「んぅー……」
努めて優しく声をかけたつもりだが、蒼は困ったように眉尻を下げ、唸っている。
「ひとのすがた、ほんとはダメって、ぬしさまに言われてるの。きょうはおつかいで、ひとになってるの」
「おつかい?」
「……少しばかり用事を申し付けたのですよ。して、蒼、成果の程は?」
「うんとね、がんばりました!」
「そうか……苦労をかけたな」
紅玉をやわらげ、紅はおもむろに右手を伸ばす。
晴れた日の空――天色の横髪を退けて指がそっとふれた頬の鱗近くに、切り傷のようなものがある。そのことに、穂花は初めて気づいた。
「褒美というわけでもないが、このままで」
「ぬしさま?」
「おまえと話したいと、穂花がご所望じゃ。しからばその姿で、その声で、お応えして差し上げよ」
きょとんと傾げられる天色の頭を撫でる手つきは、この上なく穏やか。ひとのままでも構わないと、紅は許可したのだ。
数拍遅れて輝きを放つ常磐色の双眸は、歓喜の証。
「ぬしさま、ありがと~っ!」
飛びつく、という表現がまさに適当かと思われる抱擁。顔をしかめながらも咎めはしない紅を見る限り、蒼も加減を憶えたようだ。
見た目こそ同じ年ごろだけれど、幼い弟をなだめる兄の顔をした紅を、穂花は見逃さない。
目前の光景に自然と頬はゆるみ、まぶしげに眼を細めた。
「申し訳ございません。なんとお詫びしたら良いか……」
「ごめんなさいぃ~……!」
「いやいやいや! 大丈夫だから顔上げて、ねっ!?」
只今の状況はというと、膝を突き合わせた紅、蒼、二名による、額を畳に擦り付けんばかりの五体投地が炸裂していた。別名土下座とも言う。
たしかになにやら景色の綺麗な場所へ意識を飛ばしかけた穂花だが、無事戻ってくることができた。こうして陳謝されているほうが心臓に悪い。
その旨を声高に訴えかけたところ、渋々といったように紅、次いで蒼が身を起こした。
これにて詰問時間は終了と相成る。そもそも始めてもいないが。
「いやぁ、まさか蒼がねぇ」
「わたしが躾けましたゆえ、そこらの妖には劣らぬものと自負しております。……が、人のかたちを取ることが不得手でありましてな」
「足であるくの、むずかしい……あと、あお力つよいから、よくものをこわしちゃう……」
「悪気はないのです。このように反省しておりますので、どうかご寛恕いただきますよう」
「あおも、きをつけます……」
この世の終わりのような面持ちで猛省されては、いよいよ胸が痛くなってきた。
「気にしないで。蒼がいい子だって、私は知ってるからね。どうせなら、楽しいおしゃべりでもしようよ!」
「んぅー……」
努めて優しく声をかけたつもりだが、蒼は困ったように眉尻を下げ、唸っている。
「ひとのすがた、ほんとはダメって、ぬしさまに言われてるの。きょうはおつかいで、ひとになってるの」
「おつかい?」
「……少しばかり用事を申し付けたのですよ。して、蒼、成果の程は?」
「うんとね、がんばりました!」
「そうか……苦労をかけたな」
紅玉をやわらげ、紅はおもむろに右手を伸ばす。
晴れた日の空――天色の横髪を退けて指がそっとふれた頬の鱗近くに、切り傷のようなものがある。そのことに、穂花は初めて気づいた。
「褒美というわけでもないが、このままで」
「ぬしさま?」
「おまえと話したいと、穂花がご所望じゃ。しからばその姿で、その声で、お応えして差し上げよ」
きょとんと傾げられる天色の頭を撫でる手つきは、この上なく穏やか。ひとのままでも構わないと、紅は許可したのだ。
数拍遅れて輝きを放つ常磐色の双眸は、歓喜の証。
「ぬしさま、ありがと~っ!」
飛びつく、という表現がまさに適当かと思われる抱擁。顔をしかめながらも咎めはしない紅を見る限り、蒼も加減を憶えたようだ。
見た目こそ同じ年ごろだけれど、幼い弟をなだめる兄の顔をした紅を、穂花は見逃さない。
目前の光景に自然と頬はゆるみ、まぶしげに眼を細めた。
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