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面の秘密㈡
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「貴女様は、誰にでも分け隔てなくお優しかった。それを愛ゆえと履き違えて……見返りを欲すが為に、厭がる貴女様を幾度も愛した。……傲慢でございますよね」
「愛は、あった。ただ少し、すれ違ってしまったんだわ」
口を衝く言葉。次いで追いついた思考にも、確信が含まれていた。
記憶はなけれども、本能がそう告げているのだ。
「本当に……穂花は、わたしの欲しいひと言をくれる」
さらり、さらり。髪を梳かれる感触が再び訪う。
木ではなく、指先の繊細な仕草で。
「わたしとて、嫉妬に狂い、弟を手にかけてしまった罪の意識にさいなまれなかったわけではありません。けれど天が、永久を司るわたしの死をお赦しくださらない。なればせめてもと、この狐の面を」
「それが、おまじない?」
「えぇ……わたしは、嫉妬を抑える術を知りません。抑えられぬなら、あの子と同じ菫を護ろうと……まだ、ただのわたしであったときのわたしを神力ごと封じ、紅蓮の蔓に捕らえられぬよう、眠らせておるのです。……いまとなっては、気休め程度にしか意味を成しませぬが」
面自体に大切な思い容れはないが、己にとってなくてはならぬものだと、紅は静かに紡ぐ。
どの記憶を遡っても、穂花の脳裏には、面をつけた紅の姿しか映らない。
それほど、心の奥底では、サクヤのことを大切に想っていたのだ。
「紅の気持ち、さくもちゃんとわかってると思うよ」
「でしょうな。あの子はなにをされても、争いや憎むことを厭う、純粋無垢な性分ですから」
「仲直りしてね?」
「尽力、致します」
「あはは! 紅って、意外なとこで不器用だよねー、よしよし」
「……子供扱いする穂花はきらいじゃ」
唇を尖らせながらぎゅう、と首に抱きついてくる天の邪鬼な神が、可愛らしく見えて仕方がない。
ほだされてるなぁ、と苦笑を漏らしつつ腕を回し、背中に拍子を刻む。
しゃらりと鈴の音を伴って見合せられたかんばせは、花の笑みをほころばせていた。
「そうだ紅、もうひとつ訊きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか」
「さっきお風呂入ってたときに、気づいたんだけど……」
「――穂花」
たったのひと言ふた言で、紅は穂花の言わんとすることを汲み取ったらしい。
みなまで言うなと、ぴんと張り詰めた音色で名を喚ばれる。
「……そのお話は、食事の折りに致しましょう。すぐに膳をととのえて参りますゆえ」
「うん……?」
一旦話を終わらせる意味を、穂花は理解出来ない。
ただ、紅がどこか物悲しげな表情を浮かべていると気づくのに、精一杯であった。
「愛は、あった。ただ少し、すれ違ってしまったんだわ」
口を衝く言葉。次いで追いついた思考にも、確信が含まれていた。
記憶はなけれども、本能がそう告げているのだ。
「本当に……穂花は、わたしの欲しいひと言をくれる」
さらり、さらり。髪を梳かれる感触が再び訪う。
木ではなく、指先の繊細な仕草で。
「わたしとて、嫉妬に狂い、弟を手にかけてしまった罪の意識にさいなまれなかったわけではありません。けれど天が、永久を司るわたしの死をお赦しくださらない。なればせめてもと、この狐の面を」
「それが、おまじない?」
「えぇ……わたしは、嫉妬を抑える術を知りません。抑えられぬなら、あの子と同じ菫を護ろうと……まだ、ただのわたしであったときのわたしを神力ごと封じ、紅蓮の蔓に捕らえられぬよう、眠らせておるのです。……いまとなっては、気休め程度にしか意味を成しませぬが」
面自体に大切な思い容れはないが、己にとってなくてはならぬものだと、紅は静かに紡ぐ。
どの記憶を遡っても、穂花の脳裏には、面をつけた紅の姿しか映らない。
それほど、心の奥底では、サクヤのことを大切に想っていたのだ。
「紅の気持ち、さくもちゃんとわかってると思うよ」
「でしょうな。あの子はなにをされても、争いや憎むことを厭う、純粋無垢な性分ですから」
「仲直りしてね?」
「尽力、致します」
「あはは! 紅って、意外なとこで不器用だよねー、よしよし」
「……子供扱いする穂花はきらいじゃ」
唇を尖らせながらぎゅう、と首に抱きついてくる天の邪鬼な神が、可愛らしく見えて仕方がない。
ほだされてるなぁ、と苦笑を漏らしつつ腕を回し、背中に拍子を刻む。
しゃらりと鈴の音を伴って見合せられたかんばせは、花の笑みをほころばせていた。
「そうだ紅、もうひとつ訊きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか」
「さっきお風呂入ってたときに、気づいたんだけど……」
「――穂花」
たったのひと言ふた言で、紅は穂花の言わんとすることを汲み取ったらしい。
みなまで言うなと、ぴんと張り詰めた音色で名を喚ばれる。
「……そのお話は、食事の折りに致しましょう。すぐに膳をととのえて参りますゆえ」
「うん……?」
一旦話を終わらせる意味を、穂花は理解出来ない。
ただ、紅がどこか物悲しげな表情を浮かべていると気づくのに、精一杯であった。
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