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こころとからだ㈡
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「優しくしたいのに、あの子を、サクヤを憎んでしまう……こころとからだが、ばらばらになって……言うことを聞かないのです……わたしは、永い時を生きすぎた。死のうにも、天命がそれをお赦しくださらない……もう、疲れた……」
たどたどしく言葉にするさまは、まるで子供のよう。
こんな紅は目にしたことがない。おそらく、輪廻を遡ったとしても。
「わたしは……嫉妬に狂って、あと何度サクヤを殺さねばなりませんか。あと何度、貴女様のお命が尽きるさまを目の当たりにしなければなりませんか。……あと何千年、生きなければなりませんか……」
一心に紅玉が救いを求める相手は、彼の天孫、ニニギノミコト。
「教えてください……ねぇ……ほのか、さま」
――ちがう。穂花だ。
「紅……」
うなだれた表情は影となって、うかがい難い。
だからこそ、腕を伸ばさずにはいられなかった。
「……紅」
再び名を喚ぶ。ゆらりと見合わせられるかんばせ。そこにはめ込まれた紅玉、菫のどちらにも、雫はにじんでいた。
「お母さんがいなくなったとき、私、すごく哀しかった……紅にしがみついて、一晩中泣きはらしたよね……紅は、そんな思いを何度も何度もしたのね。しがみつく相手もいないまま……」
頬を包み込んだ手を、まぶたを閉じた紅は、そっと包み返す。
「見苦しいでしょう? 憐れにお思いなら、温情をくださいませぬか。ひとかけらほどでもいい……貴女様を想うひとときだけ、わたしはわたしでいられる……」
「それが、紅の本音?」
「……なにを、仰りたい?」
「お面を外しても、あなたの心は見せてくれないの?」
しばしの時を経て、咀嚼したのだろう。
どこか寂しげに、紅は頬笑んでみせる。
「……遥か昔に、お見せしましたとも。それから貴女様のご様子がおかしくなられた。わたしに取り合ってくださらなくなった。だのに、どうしてお見せできましょう……わたしは、貴女様に嫌われるのが、なによりこわい……」
はらり、はらりと、両の頬を伝う雫。
菫よりこぼれ落ちたひと雫は桜の花びらとなり、形を留めることができずに、夜闇へ霧散した。
コノハナチルヒメという、彼のもうひとつの名を思い出す。
たどたどしく言葉にするさまは、まるで子供のよう。
こんな紅は目にしたことがない。おそらく、輪廻を遡ったとしても。
「わたしは……嫉妬に狂って、あと何度サクヤを殺さねばなりませんか。あと何度、貴女様のお命が尽きるさまを目の当たりにしなければなりませんか。……あと何千年、生きなければなりませんか……」
一心に紅玉が救いを求める相手は、彼の天孫、ニニギノミコト。
「教えてください……ねぇ……ほのか、さま」
――ちがう。穂花だ。
「紅……」
うなだれた表情は影となって、うかがい難い。
だからこそ、腕を伸ばさずにはいられなかった。
「……紅」
再び名を喚ぶ。ゆらりと見合わせられるかんばせ。そこにはめ込まれた紅玉、菫のどちらにも、雫はにじんでいた。
「お母さんがいなくなったとき、私、すごく哀しかった……紅にしがみついて、一晩中泣きはらしたよね……紅は、そんな思いを何度も何度もしたのね。しがみつく相手もいないまま……」
頬を包み込んだ手を、まぶたを閉じた紅は、そっと包み返す。
「見苦しいでしょう? 憐れにお思いなら、温情をくださいませぬか。ひとかけらほどでもいい……貴女様を想うひとときだけ、わたしはわたしでいられる……」
「それが、紅の本音?」
「……なにを、仰りたい?」
「お面を外しても、あなたの心は見せてくれないの?」
しばしの時を経て、咀嚼したのだろう。
どこか寂しげに、紅は頬笑んでみせる。
「……遥か昔に、お見せしましたとも。それから貴女様のご様子がおかしくなられた。わたしに取り合ってくださらなくなった。だのに、どうしてお見せできましょう……わたしは、貴女様に嫌われるのが、なによりこわい……」
はらり、はらりと、両の頬を伝う雫。
菫よりこぼれ落ちたひと雫は桜の花びらとなり、形を留めることができずに、夜闇へ霧散した。
コノハナチルヒメという、彼のもうひとつの名を思い出す。
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