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永久の束縛㈢
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「人は何故、儚いのでしょうな」
衣擦れの音を伴って、背中に影がかかる。
どうやら、彼の神も身を起こしたらしかった。
「それこそ、偉い神様が決めたのよ」
確証などない。大切なことは偉い者が決めるだろうという、幼稚な発想だ。
「人が産まれることはイザナギ様、死ぬことはイザナミ様がお定めになりました」
ほら。世界を創造した男神と女神が決めたのだ。自分の考えは間違っていなかった。
「ただそれのみでは、何故人が短命であるかという答えにはなりませぬ」
淀みない回答を述べていた草笛が、つと調子を弱める。
「天孫には御子がおりましてな。その御子の御高孫に当たる方が〝神武《じんむ》〟とお名乗りになった。たしか……初代天皇であらせられたか」
「え、神武天皇って……つまり」
「そう、天《アマ》照《テラス》大《オオミ》神《カミ》の御高孫……天孫でいらっしゃいます貴女様は、人の祖でもある。わたしの父オオヤマツミは、貴女様が御子孫共々永く繁栄なさるようにと、我ら兄弟を献上致したのです」
「……あ……」
……何故だろうか。どくり、ふらりと動悸がする、目眩が酷い。
「我が弟は生命と繁栄を司る神……それゆえ、こんにちのように人々は繁栄しておりますでしょう? 貴女様はわたしとの御子をお産みになられませんでしたので、酷く短命となってしまいましたが」
「っ……あぁ……っ!」
そうだ……そうなのだ。
彼の神が言わんとすることに、思い当たってしまった。
たまらず振り返った先で、温度のない紅蓮の瞳にとらえられてしまう。
「のうニニギ様……何故サクヤの子のみを産まれたのです? 何故わたしを袖になされた……?」
――ニニギは、イワナガヒメを父オオヤマツミのもとへと送り帰した。
彼の神が司る不老長生を、永久を、どぶへ捨てたのだ。
それこそ、人がわずか100年足らずしか生をまっとうできぬ所以……いや、呪いだ。
どうして忘れていたのだろう。ニニギが人の祖であるなら、その呪いを直に受け……とりわけ短命であって然りだというのに。
これを俗に、自業自得というのだろう。
「わ、からない……どうしてあなただけ蔑《ないがし》ろにしてしまったのか、思い出せない……」
「でしょうな。どの貴女様も、決まってそう仰る」
事もなげに言ってのけた声音からは、苛立ちさえ感じられる。
「貴女様のお命が尽きる度に、わたしはその魂を相応しい器へとお連れ申し上げておりました。貴女様の生まれ変わりに、何度想いを告げたことか……」
「そうして私を……無理やり、抱いたの」
先ほど見た夢……あられもなく乱されていた女は、己だった。いつの時代かは、もはやわからない。
「数多《あまた》の睦言を囁き、幾度となくまぐわえど、貴女様は決してわたしを愛してはくださらなかった……けれど、それも今宵で終わりじゃ」
最後のひと言は、殊更ゆっくりと強調された。
そこに含まれる意図とはなんなのか。ゆるりと上げられた口角を前にして、悟る。
衣擦れの音を伴って、背中に影がかかる。
どうやら、彼の神も身を起こしたらしかった。
「それこそ、偉い神様が決めたのよ」
確証などない。大切なことは偉い者が決めるだろうという、幼稚な発想だ。
「人が産まれることはイザナギ様、死ぬことはイザナミ様がお定めになりました」
ほら。世界を創造した男神と女神が決めたのだ。自分の考えは間違っていなかった。
「ただそれのみでは、何故人が短命であるかという答えにはなりませぬ」
淀みない回答を述べていた草笛が、つと調子を弱める。
「天孫には御子がおりましてな。その御子の御高孫に当たる方が〝神武《じんむ》〟とお名乗りになった。たしか……初代天皇であらせられたか」
「え、神武天皇って……つまり」
「そう、天《アマ》照《テラス》大《オオミ》神《カミ》の御高孫……天孫でいらっしゃいます貴女様は、人の祖でもある。わたしの父オオヤマツミは、貴女様が御子孫共々永く繁栄なさるようにと、我ら兄弟を献上致したのです」
「……あ……」
……何故だろうか。どくり、ふらりと動悸がする、目眩が酷い。
「我が弟は生命と繁栄を司る神……それゆえ、こんにちのように人々は繁栄しておりますでしょう? 貴女様はわたしとの御子をお産みになられませんでしたので、酷く短命となってしまいましたが」
「っ……あぁ……っ!」
そうだ……そうなのだ。
彼の神が言わんとすることに、思い当たってしまった。
たまらず振り返った先で、温度のない紅蓮の瞳にとらえられてしまう。
「のうニニギ様……何故サクヤの子のみを産まれたのです? 何故わたしを袖になされた……?」
――ニニギは、イワナガヒメを父オオヤマツミのもとへと送り帰した。
彼の神が司る不老長生を、永久を、どぶへ捨てたのだ。
それこそ、人がわずか100年足らずしか生をまっとうできぬ所以……いや、呪いだ。
どうして忘れていたのだろう。ニニギが人の祖であるなら、その呪いを直に受け……とりわけ短命であって然りだというのに。
これを俗に、自業自得というのだろう。
「わ、からない……どうしてあなただけ蔑《ないがし》ろにしてしまったのか、思い出せない……」
「でしょうな。どの貴女様も、決まってそう仰る」
事もなげに言ってのけた声音からは、苛立ちさえ感じられる。
「貴女様のお命が尽きる度に、わたしはその魂を相応しい器へとお連れ申し上げておりました。貴女様の生まれ変わりに、何度想いを告げたことか……」
「そうして私を……無理やり、抱いたの」
先ほど見た夢……あられもなく乱されていた女は、己だった。いつの時代かは、もはやわからない。
「数多《あまた》の睦言を囁き、幾度となくまぐわえど、貴女様は決してわたしを愛してはくださらなかった……けれど、それも今宵で終わりじゃ」
最後のひと言は、殊更ゆっくりと強調された。
そこに含まれる意図とはなんなのか。ゆるりと上げられた口角を前にして、悟る。
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