37 / 77
永久の束縛㈡
しおりを挟む
「ニニギ様……」
草笛の声音が、意識を引き戻す。
しばらくぼうっと呆け、見慣れた天井の木目から、意識を手繰り寄せる。
横たわった世界。月明かりの自室はなんの変哲もない。
幼子を寝かしつけるかのごとく寝そべった神の、紺青の袖に包まれているということ以外は。
「漸く、お目覚めになられましたな」
「……私、どうして」
「誓約です。天の雷を受け、お倒れに」
誓約、天の雷。
反復するまでもなく、未だ体内にこもる熱の存在に気づく。
思考が、鈍い。鉛の四肢に、自分の身体ではないような錯覚に陥る。
否、錯覚でもないやもしれない。問答無用で蕾を植え付けられたこの身は。
疼く胸許を押さえた指先が、違和感をとらえる。
そこに在ると高をくくっていたブラウスの感触ではない。するすると、恐ろしいほどに手触りのいいそれは、純白の絹で繕われた寝間着。
「ふふ……花嫁衣装のようでしょう? 既に我が細君である貴女様には不要とは存じますが、今宵の為、特別にあつらえたのですよ」
鼓膜へ吹き込まれる、愉悦の草笛。
射干玉の長髪をさらりと布団へ流した手が、純白の袷より差し込まれる。
華奢な指先に鎖骨をなぞられた瞬間、体温が急降下する。
「待って! 私はあなたの妻じゃないわ!」
とっさに手首をつかみ、押しとどめた。
刹那、ぴり、と痛いくらいの視線が頬をかすめる。
なにを言っているのだと、紅玉から言外に詰られて。
「みんな、私を神だと言うけど……いまの私は人間の両親から産まれた、葦原 穂花でしかない。あなたが愛したニニギじゃないの……」
なにも思い出せない癖に、我が物顔でひたむきな愛情を貪り食う。そんな自分だけは赦せなかった。
「ごめんなさい……気持ちは受け取れない。あなたに限ったことじゃないの。だから、まちくんや、さくのこと、悪く思わないでほしい……」
彼のことだから。目前の彼がよく知った本当は心根の優しい神であるなら、自分が床にふせっている間、ふたりを悪いようにはしていないはずだ。
そう信じたいだけかもしれないと、余裕のなさが頭をもたげていたが。
「私に、あなたたちはもったいないわ。……どうせすぐにいなくなるんだもの」
告げた声音は、予想以上に硬かった。
震え声を拾われる前に、袖の中から逃げ出す。
起き上がり、背を向けては、どんなまなざしが注がれているのかうかがうことはできない。
「あなたも知ってるでしょ? 葦原の女性で、20歳を越えて生きている人はいないの」
穂花の家系では、女は16になると早々に嫁入りし、子をなす。そしてその子が物心もつかないうちに、果てる。先祖代々短命なのだ。
母がまさにそうだ。20歳を目前にして、逝ってしまった。
「私も、呪われてる。……私なんか愛したって、哀しくなるだけよ」
母の死を受け、子供ながらに悟った。だからこそ遠い昔に、つたないながらも茜の山道で詫びたのだ。
草笛の声音が、意識を引き戻す。
しばらくぼうっと呆け、見慣れた天井の木目から、意識を手繰り寄せる。
横たわった世界。月明かりの自室はなんの変哲もない。
幼子を寝かしつけるかのごとく寝そべった神の、紺青の袖に包まれているということ以外は。
「漸く、お目覚めになられましたな」
「……私、どうして」
「誓約です。天の雷を受け、お倒れに」
誓約、天の雷。
反復するまでもなく、未だ体内にこもる熱の存在に気づく。
思考が、鈍い。鉛の四肢に、自分の身体ではないような錯覚に陥る。
否、錯覚でもないやもしれない。問答無用で蕾を植え付けられたこの身は。
疼く胸許を押さえた指先が、違和感をとらえる。
そこに在ると高をくくっていたブラウスの感触ではない。するすると、恐ろしいほどに手触りのいいそれは、純白の絹で繕われた寝間着。
「ふふ……花嫁衣装のようでしょう? 既に我が細君である貴女様には不要とは存じますが、今宵の為、特別にあつらえたのですよ」
鼓膜へ吹き込まれる、愉悦の草笛。
射干玉の長髪をさらりと布団へ流した手が、純白の袷より差し込まれる。
華奢な指先に鎖骨をなぞられた瞬間、体温が急降下する。
「待って! 私はあなたの妻じゃないわ!」
とっさに手首をつかみ、押しとどめた。
刹那、ぴり、と痛いくらいの視線が頬をかすめる。
なにを言っているのだと、紅玉から言外に詰られて。
「みんな、私を神だと言うけど……いまの私は人間の両親から産まれた、葦原 穂花でしかない。あなたが愛したニニギじゃないの……」
なにも思い出せない癖に、我が物顔でひたむきな愛情を貪り食う。そんな自分だけは赦せなかった。
「ごめんなさい……気持ちは受け取れない。あなたに限ったことじゃないの。だから、まちくんや、さくのこと、悪く思わないでほしい……」
彼のことだから。目前の彼がよく知った本当は心根の優しい神であるなら、自分が床にふせっている間、ふたりを悪いようにはしていないはずだ。
そう信じたいだけかもしれないと、余裕のなさが頭をもたげていたが。
「私に、あなたたちはもったいないわ。……どうせすぐにいなくなるんだもの」
告げた声音は、予想以上に硬かった。
震え声を拾われる前に、袖の中から逃げ出す。
起き上がり、背を向けては、どんなまなざしが注がれているのかうかがうことはできない。
「あなたも知ってるでしょ? 葦原の女性で、20歳を越えて生きている人はいないの」
穂花の家系では、女は16になると早々に嫁入りし、子をなす。そしてその子が物心もつかないうちに、果てる。先祖代々短命なのだ。
母がまさにそうだ。20歳を目前にして、逝ってしまった。
「私も、呪われてる。……私なんか愛したって、哀しくなるだけよ」
母の死を受け、子供ながらに悟った。だからこそ遠い昔に、つたないながらも茜の山道で詫びたのだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる