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永久の束縛㈠
しおりを挟む初めに映すは、望月。
はたと視線を下げ、深淵の闇夜に眼を凝らす。
琥珀色の月明かりに照らされた、朱塗りの欄干。夜風が吹き抜ける透廊に、穂花は二本脚で立ちすくんでいた。
「ここは、どこ……?」
脳の片隅につかえる〝なにか〟はたしかに存在しているのに、思い出せない。
奥へ奥へと続く広い廊下。深く考えるまでもなく、歩み出していた。
一歩、また一歩。時折、鶯張りの床が気まぐれにきしりと鳴く。
ふと、煙のようなものが鼻腔をくすぐる。
線香とは違う。ともすれば痺れそうなほどに甘い芳香。薫物だ。
蜜に誘われた蝶のごとく、静寂に薫る残り香をたどる。
やがて、穂花は歩を止めた。目前には目もあやな紋様の襖が在る。
「甘い香り……」
ひときわ強い芳香は、この先より薫っている。
そっと手を伸ばす……が、指先が襖を捉えることはなかった。
穂花の身体は、吸い寄せられるようにそこを透過した。
なにが起こったのか少しも理解しないうちに、むせ返るほどの香りに包まれる。
――夕暮れと見まごうた。
橙の灯明に照らされたその部屋は、静寂の闇夜とはまるで別世界。
「――泣いておられるのですか?」
肩が跳ねる。聞き慣れた声音だけれども、聞き憶えのない、妖艶な草笛の響きに。
広い部屋の向こうにて、ゆらりと起き上がる影を認める。
「……泣かないで」
翠の絹髪、紅玉をはめ込んだ横顔。
切なげにまつげを伏せた面影は、どくりと胸を騒がせる。
「わたしの愛が足りぬのでしょうか。なれば幾らでも……尽くしましょう」
じわりと汗ばみ、桜に色づいた華奢な裸体が、再び褥に沈められる。
その先に在るは、組み敷かれた女の、乱れた射干玉の髪と、淡雪の素肌。
「嗚呼……やはり貴女様はお美しい。愛しています、愛しています……」
うっとりと繰り返される睦言は、直接ふれているわけではない穂花の鼓膜までも、麻痺させてしまう。
「愛しています……わたしに、寵を……どうか、愛してください……」
茜色の灯る部屋にて、絡み合う男女。
美しい少年の姿をした神によって、いままさに乱されていたのは――
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