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花の烙印㈢
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怒りをあらわにした穂花を、紅はそっと見つめ返し、
「――お黙りなされ」
容赦なく、紅玉で射抜いた。
刹那、四肢が言うことを聞かなくなる。金縛りと称するには不適切な、悪寒と麻痺を伴って。
「これで、貴女様を永久に手に入れることが出来るのです……赦さない……? そのようなこと、わたしが赦しませぬ。貴女様は、このイワナガヒメだけのものじゃ」
言うや否や、紅は手にした弓の弦へ指をかける。
「思金神、此花開耶姫、磐長姫……三柱の名を以て、我、天に是非を問う。貴なる天孫、瓊瓊杵尊の寵を受けん器は」
弦を引き絞るほど、なにもない空間に、光が集束してゆく。
ちりちりと痛みさえ憶えるような、神通力。
やがて矢を形作ったとき、すべての準備は整ってしまう。
「や、め……!」
「是なる者に生を。非なる者に死を」
「やめてぇっ!!」
悲鳴にも似た訴えもむなしく、光の矢は解き放たれる。
寥々と闇夜に昇る蒼白い偃月へ、吸い込まれるように。
真知もサクヤも、その場を動こうとはしない。穴でも空けそうなほどに、頭上を振り仰ぐばかり。
ただひとり紅のみが、恍惚とした面持ちで漆黒の天道に頬笑みかける。
永遠のようなひとときを経て、ぴり、と天に走るものが在る。そうと認識し終えぬうちに、暴力的な閃光が黒を白に染める。
夜を裂いた白き稲妻は、蟻ほどの大きさしかない三柱を前にして尚、その勢いをゆるめない。
そうして容赦なく襲いかかり――三柱を素通って、少女の身体を射抜いた。
え、と意味のない音がこぼれる。なにが起きたのか、理解不能であった。
「穂花ッ!!」
「穂花!!」
自分の名を叫ぶ真知の、サクヤの声が、酷く遠い……
「なんと、いうこと……」
誰もが予想し得なかった光景に、紅も呆然と言葉をもらす。
「ニニギ様……ニニギ様、ニニギ様っ!」
いまにも泣き出しそうな声音と共に、ぎゅう、と抱きしめられる。駆けつけた紅によって、痛いほどに。
「ニニギ様、嗚呼ニニギ様……なんとおいたわしや……」
「べ、に……」
「何故じゃ、何故わたしではないのじゃ……貴女様の為に散る覚悟は、とうに出来ておるのに!」
憤り、嘆く神を前に、こぼれる言葉が在る。
「ちがう…………つい……あ、つい」
うわ言のように繰り返す穂花を、漸く紅玉が映し出す。
「あつい……」
「……ニニギ、様?」
「からだが、あついの……!」
真夏の日差しに肌を焼かれるのとはちがう、内側から発火するような感覚。
痺れを伴う熱を逃がそうと身体をよじり、腕をさまよわせる。
何事かを悟った紅が、羽織られていた上着を肩から落とし、ブラウスへと手を伸ばした。
「おい……!」
「兄上、なにを……!?」
ひとつ、ふたつと外されるボタン。
細い首、鎖骨、そして胸元があらわになったとき、くすりと、笑みがもれる。
「……成程、そういう事か。天は良くお考えじゃ」
狐の面から覗く口許は、いつしか愉悦に歪んでいた。
穂花の胸許に刻まれた、紅蓮の花を見つめて。
「なんだ……その刻印は」
「まだ蕾。つまりはこうでしょう。誰がニニギ様の寵愛を頂くに値するか……その是非は、この花を以て示さんと」
「花を、咲かせた者の勝ち……そう仰るのですか?」
「如何にも」
「そんなこと、どうやって……」
「これが花開いたときこそ、ニニギ様の寵愛を頂くとき。なればその御心に働きかければ良い。我らが抱く、情愛のすべてを以て」
口にするほどに、草笛の音色は甘やかさを含む。
「そうじゃな……手始めに、お身体の熱を鎮めて差し上げるのがよろしかろう」
胸許をなぞる指先は、いつしか艶かしい欲を孕んでいた。
「待てよ。こいつの純潔を奪うだと? それこそ誓約が必要じゃないのか」
「仕切り直しなど要りませぬ。初夜を共にするは、このわたしでありますゆえ」
「……妄想も大概にしろよ」
「もとより定められていたことです。そうでしょう? ニニギ様……」
とびきり甘く声音を掠れさせ、麗しい神は穂花の白い胸許に朱の唇を寄せる。
「何故なら貴女様は、〝あかいはな〟がお好きですものね……?」
極限まで見開かれる琥珀の瞳。
瞬間的に冷却された意識の中、引き離そうとした身体は、しかし動かない。
「さぁ……おいでくださいまし」
制止の声はもはや意味を成さない。
その両腕に、とらえられてしまっては。
「今宵、この身体で睦み合いましょうね……わたしのニニギ様……?」
極上の笑みをほころばせた神は、紅き蕾に口付けを落とす。
これぞ、終わらぬ長夜のはじまり。
「――お黙りなされ」
容赦なく、紅玉で射抜いた。
刹那、四肢が言うことを聞かなくなる。金縛りと称するには不適切な、悪寒と麻痺を伴って。
「これで、貴女様を永久に手に入れることが出来るのです……赦さない……? そのようなこと、わたしが赦しませぬ。貴女様は、このイワナガヒメだけのものじゃ」
言うや否や、紅は手にした弓の弦へ指をかける。
「思金神、此花開耶姫、磐長姫……三柱の名を以て、我、天に是非を問う。貴なる天孫、瓊瓊杵尊の寵を受けん器は」
弦を引き絞るほど、なにもない空間に、光が集束してゆく。
ちりちりと痛みさえ憶えるような、神通力。
やがて矢を形作ったとき、すべての準備は整ってしまう。
「や、め……!」
「是なる者に生を。非なる者に死を」
「やめてぇっ!!」
悲鳴にも似た訴えもむなしく、光の矢は解き放たれる。
寥々と闇夜に昇る蒼白い偃月へ、吸い込まれるように。
真知もサクヤも、その場を動こうとはしない。穴でも空けそうなほどに、頭上を振り仰ぐばかり。
ただひとり紅のみが、恍惚とした面持ちで漆黒の天道に頬笑みかける。
永遠のようなひとときを経て、ぴり、と天に走るものが在る。そうと認識し終えぬうちに、暴力的な閃光が黒を白に染める。
夜を裂いた白き稲妻は、蟻ほどの大きさしかない三柱を前にして尚、その勢いをゆるめない。
そうして容赦なく襲いかかり――三柱を素通って、少女の身体を射抜いた。
え、と意味のない音がこぼれる。なにが起きたのか、理解不能であった。
「穂花ッ!!」
「穂花!!」
自分の名を叫ぶ真知の、サクヤの声が、酷く遠い……
「なんと、いうこと……」
誰もが予想し得なかった光景に、紅も呆然と言葉をもらす。
「ニニギ様……ニニギ様、ニニギ様っ!」
いまにも泣き出しそうな声音と共に、ぎゅう、と抱きしめられる。駆けつけた紅によって、痛いほどに。
「ニニギ様、嗚呼ニニギ様……なんとおいたわしや……」
「べ、に……」
「何故じゃ、何故わたしではないのじゃ……貴女様の為に散る覚悟は、とうに出来ておるのに!」
憤り、嘆く神を前に、こぼれる言葉が在る。
「ちがう…………つい……あ、つい」
うわ言のように繰り返す穂花を、漸く紅玉が映し出す。
「あつい……」
「……ニニギ、様?」
「からだが、あついの……!」
真夏の日差しに肌を焼かれるのとはちがう、内側から発火するような感覚。
痺れを伴う熱を逃がそうと身体をよじり、腕をさまよわせる。
何事かを悟った紅が、羽織られていた上着を肩から落とし、ブラウスへと手を伸ばした。
「おい……!」
「兄上、なにを……!?」
ひとつ、ふたつと外されるボタン。
細い首、鎖骨、そして胸元があらわになったとき、くすりと、笑みがもれる。
「……成程、そういう事か。天は良くお考えじゃ」
狐の面から覗く口許は、いつしか愉悦に歪んでいた。
穂花の胸許に刻まれた、紅蓮の花を見つめて。
「なんだ……その刻印は」
「まだ蕾。つまりはこうでしょう。誰がニニギ様の寵愛を頂くに値するか……その是非は、この花を以て示さんと」
「花を、咲かせた者の勝ち……そう仰るのですか?」
「如何にも」
「そんなこと、どうやって……」
「これが花開いたときこそ、ニニギ様の寵愛を頂くとき。なればその御心に働きかければ良い。我らが抱く、情愛のすべてを以て」
口にするほどに、草笛の音色は甘やかさを含む。
「そうじゃな……手始めに、お身体の熱を鎮めて差し上げるのがよろしかろう」
胸許をなぞる指先は、いつしか艶かしい欲を孕んでいた。
「待てよ。こいつの純潔を奪うだと? それこそ誓約が必要じゃないのか」
「仕切り直しなど要りませぬ。初夜を共にするは、このわたしでありますゆえ」
「……妄想も大概にしろよ」
「もとより定められていたことです。そうでしょう? ニニギ様……」
とびきり甘く声音を掠れさせ、麗しい神は穂花の白い胸許に朱の唇を寄せる。
「何故なら貴女様は、〝あかいはな〟がお好きですものね……?」
極限まで見開かれる琥珀の瞳。
瞬間的に冷却された意識の中、引き離そうとした身体は、しかし動かない。
「さぁ……おいでくださいまし」
制止の声はもはや意味を成さない。
その両腕に、とらえられてしまっては。
「今宵、この身体で睦み合いましょうね……わたしのニニギ様……?」
極上の笑みをほころばせた神は、紅き蕾に口付けを落とす。
これぞ、終わらぬ長夜のはじまり。
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