【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

文字の大きさ
上 下
35 / 77

花の烙印㈢

しおりを挟む
 怒りをあらわにしたほのを、べにはそっと見つめ返し、

「――お黙りなされ」

 容赦なく、紅玉で射抜いた。
 刹那、四肢が言うことを聞かなくなる。金縛りと称するには不適切な、悪寒と麻痺を伴って。

「これで、貴女様を永久に手に入れることが出来るのです……赦さない……? そのようなこと、わたしが赦しませぬ。貴女様は、このイワナガヒメだけのものじゃ」

 言うや否や、紅は手にした弓の弦へ指をかける。

オモイカネノカミ此花コノハナサクヒメ磐長姫イワナガヒメ……三柱の名を以て、我、天に是非を問う。あてなる天孫、瓊瓊ニニギノミコトちょうを受けん器は」

 弦を引き絞るほど、なにもない空間に、光が集束してゆく。
 ちりちりと痛みさえ憶えるような、神通力。
 やがて矢を形作ったとき、すべての準備は整ってしまう。

「や、め……!」
「是なる者に生を。非なる者に死を」
「やめてぇっ!!」

 悲鳴にも似た訴えもむなしく、光の矢は解き放たれる。
 寥々と闇夜に昇る蒼白い偃月えんげつへ、吸い込まれるように。

 真知まちもサクヤも、その場を動こうとはしない。穴でも空けそうなほどに、頭上を振り仰ぐばかり。
 ただひとり紅のみが、恍惚とした面持ちで漆黒の天道に頬笑みかける。

 永遠のようなひとときを経て、ぴり、と天に走るものが在る。そうと認識し終えぬうちに、暴力的な閃光が黒を白に染める。
 夜を裂いた白き稲妻は、蟻ほどの大きさしかない三柱を前にして尚、その勢いをゆるめない。
 そうして容赦なく襲いかかり――三柱を素通って、少女の身体を射抜いた。

 え、と意味のない音がこぼれる。なにが起きたのか、理解不能であった。

「穂花ッ!!」
「穂花!!」

 自分の名を叫ぶ真知の、サクヤの声が、酷く遠い……

「なんと、いうこと……」

 誰もが予想し得なかった光景に、紅も呆然と言葉をもらす。

「ニニギ様……ニニギ様、ニニギ様っ!」

 いまにも泣き出しそうな声音と共に、ぎゅう、と抱きしめられる。駆けつけた紅によって、痛いほどに。

「ニニギ様、嗚呼ニニギ様……なんとおいたわしや……」
「べ、に……」
「何故じゃ、何故わたしではないのじゃ……貴女様の為に散る覚悟は、とうに出来ておるのに!」

 憤り、嘆く神を前に、こぼれる言葉が在る。

「ちがう…………つい……あ、つい」

 うわ言のように繰り返す穂花を、漸く紅玉が映し出す。

「あつい……」
「……ニニギ、様?」
「からだが、あついの……!」

 真夏の日差しに肌を焼かれるのとはちがう、内側から発火するような感覚。
 痺れを伴う熱を逃がそうと身体をよじり、腕をさまよわせる。
 何事かを悟った紅が、羽織られていた上着を肩から落とし、ブラウスへと手を伸ばした。

「おい……!」
「兄上、なにを……!?」

 ひとつ、ふたつと外されるボタン。
 細い首、鎖骨、そして胸元があらわになったとき、くすりと、笑みがもれる。

「……成程、そういう事か。天は良くお考えじゃ」

 狐の面から覗く口許は、いつしか愉悦に歪んでいた。
 穂花の胸許に刻まれた、紅蓮の花を見つめて。

「なんだ……その刻印は」
「まだ蕾。つまりはこうでしょう。誰がニニギ様の寵愛を頂くに値するか……その是非は、この花を以て示さんと」
「花を、咲かせた者の勝ち……そう仰るのですか?」
「如何にも」
「そんなこと、どうやって……」
「これが花開いたときこそ、ニニギ様の寵愛を頂くとき。なればその御心に働きかければ良い。我らが抱く、情愛のすべてを以て」

 口にするほどに、草笛の音色は甘やかさを含む。

「そうじゃな……手始めに、お身体の熱を鎮めて差し上げるのがよろしかろう」

 胸許をなぞる指先は、いつしか艶かしい欲を孕んでいた。

「待てよ。こいつの純潔を奪うだと? それこそ誓約うけいが必要じゃないのか」
「仕切り直しなど要りませぬ。初夜を共にするは、このわたしでありますゆえ」
「……妄想も大概にしろよ」
「もとより定められていたことです。そうでしょう? ニニギ様……」

 とびきり甘く声音を掠れさせ、麗しい神は穂花の白い胸許に朱の唇を寄せる。

「何故なら貴女様は、〝あかいはな〟がお好きですものね……?」

 極限まで見開かれる琥珀の瞳。
 瞬間的に冷却された意識の中、引き離そうとした身体は、しかし動かない。

「さぁ……おいでくださいまし」

 制止の声はもはや意味を成さない。
 その両腕に、とらえられてしまっては。

「今宵、この身体で睦み合いましょうね……わたしのニニギ様……?」

 極上の笑みをほころばせた神は、紅き蕾に口付けを落とす。
 これぞ、終わらぬ長夜のはじまり。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...