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愛しき口づけを㈡
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「に……にぎ……?」
口が酷く重たい。自分のものではないようだ。さながら、ぱくぱくと空気を求める魚のよう。
不気味なほど落ち着き払っていた自分は崩れ落ち、いまとなっては、なんの変哲もない少女が困惑に眼を泳がせるばかり。
「高千穂先生、私は……」
「身勝手であることは重々承知しております。ですが……!」
「その辺にしておけ」
凛然たる声音が朔馬の言葉を断ち斬る。
弾かれたように見やった先、部屋の入り口にもたれ掛かる飴色の髪の青年を、穂花が見まごうはずもない。
「まちくんっ! どうしてうちにいるの!?」
「喚ばれたから来た」
「喚ばれた……?」
「言っとくが、一応声はかけた。返事がないから上がらせてもらったぞ」
ブレザー姿のところを見ると、帰路についたその足でここへやって来たというのだろうか。
淡々といきさつを述べた真知は、朔馬を一瞥。学校指定の鞄を投げ捨てるなり、大股で歩み寄り、朔馬の腕から穂花を引き離した。
突然のことで、穂花は足をもつれさせながらも、抱き寄せられるまま真知の胸に飛び込むしかない。
「らしくないな。コノハナサクヤヒメ」
「……お見苦しいところを」
生徒が教師を叱りつける。なんと異様な光景だろう。しかも朔馬はただの教師ではないのだ。
神に説教を垂れることができる存在を、同じ神以外、穂花は知らない。
「まちくんも、なの……?」
恐る恐る首を反らす。鼈甲の瞳は、即座に穂花を映し出した。
「俺以外にそんな顔見せんなって、言ったよな?」
否定は、ついぞされなかった。
「キスまでされやがって……無防備すぎるんだよ、ばか」
小言を並べ立てている声音にしては、やわらかすぎる。
甘ささえ孕んだ響きは、忘れかけていた熱を電流に変え、背筋に走らせる。
「まちくん、離して……?」
「聞けないな。離したら逃げるだろ」
「やっ、ダメ……!」
「穂花が怖がることはしない。それは本当だ」
だからどうか拒まないでくれと、言外の訴え。思慮深い真知が、相手の言葉を遮ってまで主張したいこと。
穂花を繋ぎとめるために、真知も苦闘していた。
「……まちくんにも、わからないことってあるんだね」
「俺が……?」
「私が厭がる理由、わかってないでしょ? まちくんってば、全然私を見てくれないんだもの」
偉そうな口を聞いたかもしれない。
それでも、束縛の腕をゆるめ、顔を見上げさせてもらえる程度には、効果があったのだと自負してみたい。
「さっきは逃げようとしてごめんね。私、ちゃんと向き合う。まちくんも私を見てくれる?」
いまだかつてないほど、鼈甲が見開かれる。
驚愕の色の中に、自分がいた。
ふ……と自嘲気味な笑みがこぼれるまでに、時間は費やさない。
「俺の負けだ」
それはさながら、雨の後に虹が架かったような、清々しい敗北宣言だった。
口が酷く重たい。自分のものではないようだ。さながら、ぱくぱくと空気を求める魚のよう。
不気味なほど落ち着き払っていた自分は崩れ落ち、いまとなっては、なんの変哲もない少女が困惑に眼を泳がせるばかり。
「高千穂先生、私は……」
「身勝手であることは重々承知しております。ですが……!」
「その辺にしておけ」
凛然たる声音が朔馬の言葉を断ち斬る。
弾かれたように見やった先、部屋の入り口にもたれ掛かる飴色の髪の青年を、穂花が見まごうはずもない。
「まちくんっ! どうしてうちにいるの!?」
「喚ばれたから来た」
「喚ばれた……?」
「言っとくが、一応声はかけた。返事がないから上がらせてもらったぞ」
ブレザー姿のところを見ると、帰路についたその足でここへやって来たというのだろうか。
淡々といきさつを述べた真知は、朔馬を一瞥。学校指定の鞄を投げ捨てるなり、大股で歩み寄り、朔馬の腕から穂花を引き離した。
突然のことで、穂花は足をもつれさせながらも、抱き寄せられるまま真知の胸に飛び込むしかない。
「らしくないな。コノハナサクヤヒメ」
「……お見苦しいところを」
生徒が教師を叱りつける。なんと異様な光景だろう。しかも朔馬はただの教師ではないのだ。
神に説教を垂れることができる存在を、同じ神以外、穂花は知らない。
「まちくんも、なの……?」
恐る恐る首を反らす。鼈甲の瞳は、即座に穂花を映し出した。
「俺以外にそんな顔見せんなって、言ったよな?」
否定は、ついぞされなかった。
「キスまでされやがって……無防備すぎるんだよ、ばか」
小言を並べ立てている声音にしては、やわらかすぎる。
甘ささえ孕んだ響きは、忘れかけていた熱を電流に変え、背筋に走らせる。
「まちくん、離して……?」
「聞けないな。離したら逃げるだろ」
「やっ、ダメ……!」
「穂花が怖がることはしない。それは本当だ」
だからどうか拒まないでくれと、言外の訴え。思慮深い真知が、相手の言葉を遮ってまで主張したいこと。
穂花を繋ぎとめるために、真知も苦闘していた。
「……まちくんにも、わからないことってあるんだね」
「俺が……?」
「私が厭がる理由、わかってないでしょ? まちくんってば、全然私を見てくれないんだもの」
偉そうな口を聞いたかもしれない。
それでも、束縛の腕をゆるめ、顔を見上げさせてもらえる程度には、効果があったのだと自負してみたい。
「さっきは逃げようとしてごめんね。私、ちゃんと向き合う。まちくんも私を見てくれる?」
いまだかつてないほど、鼈甲が見開かれる。
驚愕の色の中に、自分がいた。
ふ……と自嘲気味な笑みがこぼれるまでに、時間は費やさない。
「俺の負けだ」
それはさながら、雨の後に虹が架かったような、清々しい敗北宣言だった。
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