【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

文字の大きさ
上 下
27 / 77

愛しき口づけを㈡

しおりを挟む
「に……にぎ……?」

 口が酷く重たい。自分のものではないようだ。さながら、ぱくぱくと空気を求める魚のよう。
 不気味なほど落ち着き払っていた自分は崩れ落ち、いまとなっては、なんの変哲もない少女が困惑に眼を泳がせるばかり。

たか千穂ちほ先生、私は……」
「身勝手であることは重々承知しております。ですが……!」
「その辺にしておけ」

 凛然たる声音が朔馬の言葉を断ち斬る。
 弾かれたように見やった先、部屋の入り口にもたれ掛かる飴色の髪の青年を、穂花が見まごうはずもない。

「まちくんっ! どうしてうちにいるの!?」
「喚ばれたから来た」
「喚ばれた……?」
「言っとくが、一応声はかけた。返事がないから上がらせてもらったぞ」

 ブレザー姿のところを見ると、帰路についたその足でここへやって来たというのだろうか。
 淡々といきさつを述べた真知まちは、朔馬を一瞥。学校指定の鞄を投げ捨てるなり、大股で歩み寄り、朔馬の腕から穂花を引き離した。
 突然のことで、穂花は足をもつれさせながらも、抱き寄せられるまま真知の胸に飛び込むしかない。

「らしくないな。コノハナサクヤヒメ」
「……お見苦しいところを」

 生徒が教師を叱りつける。なんと異様な光景だろう。しかも朔馬はただの教師ではないのだ。
 神に説教を垂れることができる存在を、同じ神以外、穂花は知らない。

「まちくんも、なの……?」

 恐る恐る首を反らす。鼈甲の瞳は、即座に穂花を映し出した。

「俺以外にそんな顔見せんなって、言ったよな?」

 否定は、ついぞされなかった。

「キスまでされやがって……無防備すぎるんだよ、ばか」

 小言を並べ立てている声音にしては、やわらかすぎる。
 甘ささえ孕んだ響きは、忘れかけていた熱を電流に変え、背筋に走らせる。

「まちくん、離して……?」
「聞けないな。離したら逃げるだろ」
「やっ、ダメ……!」
「穂花が怖がることはしない。それは本当だ」

 だからどうか拒まないでくれと、言外の訴え。思慮深い真知が、相手の言葉を遮ってまで主張したいこと。
 穂花を繋ぎとめるために、真知も苦闘していた。

「……まちくんにも、わからないことってあるんだね」
「俺が……?」
「私が厭がる理由、わかってないでしょ? まちくんってば、全然私を見てくれないんだもの」

 偉そうな口を聞いたかもしれない。
 それでも、束縛の腕をゆるめ、顔を見上げさせてもらえる程度には、効果があったのだと自負してみたい。

「さっきは逃げようとしてごめんね。私、ちゃんと向き合う。まちくんも私を見てくれる?」

 いまだかつてないほど、鼈甲が見開かれる。
 驚愕の色の中に、自分がいた。
 ふ……と自嘲気味な笑みがこぼれるまでに、時間は費やさない。

「俺の負けだ」

 それはさながら、雨の後に虹が架かったような、清々しい敗北宣言だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

執着系狼獣人が子犬のような伴侶をみつけると

真木
恋愛
獣人の里で他の男の狼獣人に怯えていた、子犬のような狼獣人、ロシェ。彼女は海の向こうの狼獣人、ジェイドに奪われるように伴侶にされるが、彼は穏やかそうに見えて殊更執着の強い獣人で……。

処理中です...