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愛しき口づけを㈠
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つい数時間ほど前に初めて言葉を交わした若き養護教諭は、人ではなかった。
そればかりか、ほかでもない穂花に対して、伴侶である旨を告げたのだ。
「驚かれたことでしょう。一教師が生徒の自宅に無断で上がり込んだとあっては、不信を抱かれても致し方ありません。ですから神体でお目にかかった次第なのですが……まだ神力を上手く制御できず、申し訳ございません」
朔馬が神、そして夫。もちろん身に憶えも証拠もない。
なのに何故、こうして気丈に頬笑みかけられると、無性に胸がさわぐのだろう。
「サ……クヤ……」
口を衝いたのは、目前に在る青年の名ではなかった。
ほとんど無意識のまま、脳裏に刻まれた麗しき神を想い青年へ腕を伸ばすことを、止められない。
「サクヤ、サクヤ……開耶」
――此花咲耶姫――
思い浮かんだままに言霊を飛ばす。
菫の瞳が、にわかに見開かれた。
「私を……憶えておいでなのですか?」
「よくわからないけど……とても大切な存在ってことだけは、わかります。こうしてふれられているのが、厭じゃないもの……」
自身を組み敷いた男に抵抗するどころか、笑顔の蕾をほころばせる穂花。
慈愛に満ちた手つきで頬を撫ぜられては、朔馬の胸は、塞き止めていた慕情で見る間にあふれ返った。
「穂花……さま」
朔馬は応えを得るより先に、音を絞り出した唇を寄せる。
ひとたび逡巡し、こわごわと、桃色に色づいた穂花のそれを啄んだ。
「……っん……」
穂花は拒むことをしなかった。朔馬が他者を手荒に扱う男ではないと、心の奥底で知っていたから。
受け入れられているという事実もまた、安堵とともに朔馬へ更なる熱情を与えた。
「ご無礼を、お赦しください……っ!」
それは余裕をかなぐり捨てた、切なる断り。
咀嚼する暇などあろうはずもなく、穂花の呼吸は奪われる。
「んんっ……!」
自由を奪われ、光を奪われ、言葉を奪われ。
なす術もなく横たわった身体が、痛いほどの抱擁を感じる。
まぶたの裏を、切実な面影に占領される。
ふれあった唇から、気をやりそうな熱、甘い花の香りがしみ渡る。
浅く深く。時に角度を変えて降り注ぐ口付けの雨に、どれほど打たれたことだろう。
性急ではあるけれども、決して乱暴ではない求めを、おのずと受け入れるようになっていた。
色欲ではなく、純真たる愛を捧ぐ神を愛しいと、そう想う。
愛しくて……とても、愛しい。
「……申し訳、ありません」
ようやく離した唇で、朔馬は謝罪を口にする。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
朔馬は詫びている? なにを?
かける言葉を見出だせない間も、悲痛な独白は続く。
「私ごときが愛したばかりに……貴女様は、兄上は……」
ひた謝るまなじりに溜まった朝露は、淡雪の頬を滑り落ち、桜の花びらとなって散った。
「私の所為なんです。どうか、兄上を嫌わないで。おねがいします……ニニギ様……っ!」
――ドクン。
幼子のような訴えが、時を止め、呼吸を奪った。
そればかりか、ほかでもない穂花に対して、伴侶である旨を告げたのだ。
「驚かれたことでしょう。一教師が生徒の自宅に無断で上がり込んだとあっては、不信を抱かれても致し方ありません。ですから神体でお目にかかった次第なのですが……まだ神力を上手く制御できず、申し訳ございません」
朔馬が神、そして夫。もちろん身に憶えも証拠もない。
なのに何故、こうして気丈に頬笑みかけられると、無性に胸がさわぐのだろう。
「サ……クヤ……」
口を衝いたのは、目前に在る青年の名ではなかった。
ほとんど無意識のまま、脳裏に刻まれた麗しき神を想い青年へ腕を伸ばすことを、止められない。
「サクヤ、サクヤ……開耶」
――此花咲耶姫――
思い浮かんだままに言霊を飛ばす。
菫の瞳が、にわかに見開かれた。
「私を……憶えておいでなのですか?」
「よくわからないけど……とても大切な存在ってことだけは、わかります。こうしてふれられているのが、厭じゃないもの……」
自身を組み敷いた男に抵抗するどころか、笑顔の蕾をほころばせる穂花。
慈愛に満ちた手つきで頬を撫ぜられては、朔馬の胸は、塞き止めていた慕情で見る間にあふれ返った。
「穂花……さま」
朔馬は応えを得るより先に、音を絞り出した唇を寄せる。
ひとたび逡巡し、こわごわと、桃色に色づいた穂花のそれを啄んだ。
「……っん……」
穂花は拒むことをしなかった。朔馬が他者を手荒に扱う男ではないと、心の奥底で知っていたから。
受け入れられているという事実もまた、安堵とともに朔馬へ更なる熱情を与えた。
「ご無礼を、お赦しください……っ!」
それは余裕をかなぐり捨てた、切なる断り。
咀嚼する暇などあろうはずもなく、穂花の呼吸は奪われる。
「んんっ……!」
自由を奪われ、光を奪われ、言葉を奪われ。
なす術もなく横たわった身体が、痛いほどの抱擁を感じる。
まぶたの裏を、切実な面影に占領される。
ふれあった唇から、気をやりそうな熱、甘い花の香りがしみ渡る。
浅く深く。時に角度を変えて降り注ぐ口付けの雨に、どれほど打たれたことだろう。
性急ではあるけれども、決して乱暴ではない求めを、おのずと受け入れるようになっていた。
色欲ではなく、純真たる愛を捧ぐ神を愛しいと、そう想う。
愛しくて……とても、愛しい。
「……申し訳、ありません」
ようやく離した唇で、朔馬は謝罪を口にする。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
朔馬は詫びている? なにを?
かける言葉を見出だせない間も、悲痛な独白は続く。
「私ごときが愛したばかりに……貴女様は、兄上は……」
ひた謝るまなじりに溜まった朝露は、淡雪の頬を滑り落ち、桜の花びらとなって散った。
「私の所為なんです。どうか、兄上を嫌わないで。おねがいします……ニニギ様……っ!」
――ドクン。
幼子のような訴えが、時を止め、呼吸を奪った。
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