【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

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此花咲くや㈠

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 くすぐられるような感触に、夢路の奥底から浮上する。
 常夜灯に映し出される木目。見慣れた天井。薄明るい自分の部屋。
 ぼんやりと夢見心地に浸っていたほのを、またもやくすぐるものがある。

「わっ…… あお!」

 血のような長い舌でちろちろと左の頬をくすぐる犯人は、天色の鱗を持ち、常磐色の瞳で穂花を見つめる、ちいさな蛇だった。
 といっても角が生えていたりと、蛇らしからぬ姿をしている為、あくまで似たようなもの、という認識ではあるが。

「蒼ったら、くすぐったいよ!」

 たまらず飛び起きれば、蒼は跳ね退けた羽毛布団の端を這い上がり、穂花の左の手の甲に身体を寄せてこてん、と頭を前に垂れる。ごめんなさいとでも言っているかのよう。

 これでは憎むに憎めない。思わず笑ってしまって、名前を喚びながら、蒼を手のひらに乗せた。
 まったく、このちいさな蛇は、以前飼っていた柴犬のクロよりも利口だから困る。

 犬が甘えるように、またちろちろと手のひらを舐めてくるものだから、両手で持ち直し、むにゅ、と身体を軽く摘まんでみた。
 あう、と聞こえてきそうなまん丸の瞳で身体を反らされては、愛らしい以外になんと言うのか。

 ひと口に鱗と言っても、蒼のそれは存外やわらかい。ふにふにとした感触が楽しくて、いつまででもさわっていたくなる。
 これほど可愛らしい蒼が、大蛇の姿をし、猛毒を吐いて人を死に至らしめる妖、〝ミズチ〟などという紅の話は、未だにまったく信じていない。

「お目覚めですか」

 熱中していたがゆえに、不意の問いかけで、思考が一時停止してしまう。

 自宅、それも自室に、自分以外の誰がいると予想できよう。注意を凝らして初めて気づいた。

「お加減は如何ですか?」

 布団の傍にそっと控えていたのは、見知らぬ人物。いや、人というよりは、神。
 それがわかったのは、どことなく紅と似た空気を身に纏っている為だ。

「とっても元気、ですけど……?」
「それはようございました」

 ふわり、とほころぶ頬笑みは、桜を思わせる花の芳香を伴った。
 艶のある紫紺の絹髪。柔和な菫色の瞳。桜色を基調にした衣に身を包んだ姿は、昔話に登場するようなお姫様みたい……と穂花は息を飲む。
 言葉を忘れ魅入っていると、はたと気づいたように彼女は眉尻を下げる。

「ご挨拶もまだの身で、とんだ失敬を。無断で御前に侍りましたご無礼をお赦しくださいませ、穂花様」

 完璧な角度で三つ指をついてお辞儀をされては、単なる一般庶民でしかない穂花はすっかり面食らってしまった。
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