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夕桜の邂逅㈢
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「でも……わた、し」
「貴女様が他者と相容れぬのは当然の理。生まれが違うのです。止ん事なき御方……」
耳許で奏でられる、甘い甘い玲瓏なる草笛の響き。
「さぁ、しばしお休みになられませ。すべてを忘れて」
「べ、には……」
「おりますとも。今宵、夢の通い路にお迎えに上がりましょう」
子守唄の響きに、さらさらと髪を梳かれ、いつしかまどろみの世界へと誘われる。
ほどなくして、かくり、と崩れ落ちる穂花。しかと抱き留めた紅は、袖を遠ざけ、紅玉を細めてみせる。
「……良い子じゃ。かわいいひと」
ひとたび呟き、無防備な寝顔に朱の唇を寄せる。下ろされた睫毛に絡む朝露を舐め取れば、甘い痺れがじんと腹に広がった。
快感。ふれているだけで、得も言われぬ高揚に満たされる。
「嗚呼……早う、早う」
動かぬ唇を、劣情の舌が舐め上げる。なぶるように、幾度も幾度も。
「早う、唇を重ねて――身体を重ねて。わたしに、寵をくださいませね」
蕩ける囁きを鼓膜に吹き入れ、美しい神は最後に極上の頬笑みを浮かべた。茜の逆光が、妖しい激情を隠す。
「――蒼、ここに」
風もなく、木陰が揺らぐ。
夕照の虚空より出でた〝それ〟は、大蛇に似た姿をしていた。
晴天のごとき天色の鱗を持ち、角を生やし、木の葉を宿した常磐色の瞳で、主の言葉を待つ。
「我が細君を、お連れ致せ」
静かなる命令に、背後の影がとぐろを巻く。
脇の桜をも凌駕する幹は、その巨体に見合わぬしなやかさで少女を譲り受け、蒼き身体に巻き込んでゆく。
やがて茜へ溶け消えた気配に、紅は笑みを消す。
「貴女様の代わりに、わたしが掃除を致しましょう」
紡がれた言の葉に、もはや温度は存在しない。
散った桜を踏みにじるようにきびすを返した先で、ひとつ風が吹く。
刹那の折りに視界をくらませた夕焼けの向こうより見出だすは――飴色。
「よう」
たった一言。以降は口を真一文字に引き結ぶ青年、真知を前に、狐の面から覗く唇がほころぶ。可笑げな、嗤い。
天道を歩く夕風に、面紐の鈴がしゃらり、しゃらり。
これぞ、因縁の邂逅。
「貴女様が他者と相容れぬのは当然の理。生まれが違うのです。止ん事なき御方……」
耳許で奏でられる、甘い甘い玲瓏なる草笛の響き。
「さぁ、しばしお休みになられませ。すべてを忘れて」
「べ、には……」
「おりますとも。今宵、夢の通い路にお迎えに上がりましょう」
子守唄の響きに、さらさらと髪を梳かれ、いつしかまどろみの世界へと誘われる。
ほどなくして、かくり、と崩れ落ちる穂花。しかと抱き留めた紅は、袖を遠ざけ、紅玉を細めてみせる。
「……良い子じゃ。かわいいひと」
ひとたび呟き、無防備な寝顔に朱の唇を寄せる。下ろされた睫毛に絡む朝露を舐め取れば、甘い痺れがじんと腹に広がった。
快感。ふれているだけで、得も言われぬ高揚に満たされる。
「嗚呼……早う、早う」
動かぬ唇を、劣情の舌が舐め上げる。なぶるように、幾度も幾度も。
「早う、唇を重ねて――身体を重ねて。わたしに、寵をくださいませね」
蕩ける囁きを鼓膜に吹き入れ、美しい神は最後に極上の頬笑みを浮かべた。茜の逆光が、妖しい激情を隠す。
「――蒼、ここに」
風もなく、木陰が揺らぐ。
夕照の虚空より出でた〝それ〟は、大蛇に似た姿をしていた。
晴天のごとき天色の鱗を持ち、角を生やし、木の葉を宿した常磐色の瞳で、主の言葉を待つ。
「我が細君を、お連れ致せ」
静かなる命令に、背後の影がとぐろを巻く。
脇の桜をも凌駕する幹は、その巨体に見合わぬしなやかさで少女を譲り受け、蒼き身体に巻き込んでゆく。
やがて茜へ溶け消えた気配に、紅は笑みを消す。
「貴女様の代わりに、わたしが掃除を致しましょう」
紡がれた言の葉に、もはや温度は存在しない。
散った桜を踏みにじるようにきびすを返した先で、ひとつ風が吹く。
刹那の折りに視界をくらませた夕焼けの向こうより見出だすは――飴色。
「よう」
たった一言。以降は口を真一文字に引き結ぶ青年、真知を前に、狐の面から覗く唇がほころぶ。可笑げな、嗤い。
天道を歩く夕風に、面紐の鈴がしゃらり、しゃらり。
これぞ、因縁の邂逅。
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