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茜の蜜語㈡
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そんな中、あの真知が下校時刻でもないのに帰路に着くだなんて。紅といい揃いも揃ってどうしたのだ。明日は霰か。
「ん」とも「あぁ」とも聞こえる生返事をしながら、鼈甲の瞳が、大粒の琥珀をまん丸に見張る穂花を見つめ返した。
「今日は用事があるからな」
「へぇ! なんの用事?」
「気になるなら、いっしょに帰るか」
予想だにしていなかった提案である。
真知といるのは楽しい。けれども現実は首を縦に振らせてはくれない。
「残念でした。私、超多忙なの。今日なんかお掃除の助っ人任されちゃって!」
溌剌と笑い飛ばしてみせる。表情筋を最大限に駆使して。
「ふぅん」とうなずいた真知は、次いで竹箒を掲げる穂花を喚ぶ。
「ドヤ顔のところあいにくだけど、葉っぱついてるぞ」
「えっ、どこどこ!?」
慌てて髪を探るが、真知はふるふると首を横に振るばかり。どうやら見当違いな場所をさわっているらしい。
「ほら、こっちこい」
「へっ、まちくんっ!?」
通学鞄を地面に置くやいなや、穂花の腕を引く真知。
後ろを向かされては、端正な顔に見つめられるはずもないというのに、何故か身体が火照る。
見てはいないが、見られている為か。ともすれば穴が空いてしまいそうだ。
奥歯を噛み締め、竹箒を握り締め、羞恥に耐える。髪にふれる手は休まない。
もう少し、いま少し……と我慢を重ね、数十秒が経ったであろう頃。頭を撫ぜる手は、やはり休まない。
まだ木の葉が取れないのだろうか? いや、自分がよく知る真知は不器用ではない。
「……なにしてるの?」
いよいよ異変を感じ、こわごわと問う。
「おまえは、なにをしてると思う」
質問返しなんてずるい。馬鹿正直に反論したところで、真知を論破できるはずもない。
とはいえ働かす知恵もなく、ありのままのことを口にする。
「髪を、梳かれてる気がします……」
すると、ぽんぽん。頭を撫でられた。よくできましたと、幼い子にするように。
「ん……正解」
待って、後ろにいるのは紅じゃなくて真知くんよね? あっけに取られながらも自問する。
耳許をくすぐる囁きが真知のものだと、すぐには理解できなくて。
「悪い、葉っぱってのは嘘。どうしてもさわりたくてな」
「っ……私の髪って、そんなにいいもの?」
「あぁ、手触りがいい。気持ちいい」
絶句した。
どこかの付喪神とは違い、年上として、甘やかすことはあれど甘えることはなかった真知であるのに。
しかしながら、鼓膜ごと溶かす甘い響きが、たしかに真知のものであることも事実。
「穂花、十六歳の誕生日おめでとう」
「あっ、そうだっけ!?」
「そうだ。俺は覚えてたぞ。……これで心置きなくふれられる」
明らかに声色が変わった。ざわ、と胸がさわぐ。
「まちく……」
「穂花、ふれてもいいだろ。なぁ」
肯定以外は聞き入れそうにない雰囲気だ。
はっきり言って、真知らしくない。思慮深い彼が、興奮とも取れる衝動に流されるわけが。
「穂花、穂花……ほのか」
熱っぽく喚ばれ、どうして平常を保てよう。
背を駆け抜けた電流に身体が跳ねる。その拍子に振り返ってしまった。その先に、誰がいるのか考えもせず。
「ん」とも「あぁ」とも聞こえる生返事をしながら、鼈甲の瞳が、大粒の琥珀をまん丸に見張る穂花を見つめ返した。
「今日は用事があるからな」
「へぇ! なんの用事?」
「気になるなら、いっしょに帰るか」
予想だにしていなかった提案である。
真知といるのは楽しい。けれども現実は首を縦に振らせてはくれない。
「残念でした。私、超多忙なの。今日なんかお掃除の助っ人任されちゃって!」
溌剌と笑い飛ばしてみせる。表情筋を最大限に駆使して。
「ふぅん」とうなずいた真知は、次いで竹箒を掲げる穂花を喚ぶ。
「ドヤ顔のところあいにくだけど、葉っぱついてるぞ」
「えっ、どこどこ!?」
慌てて髪を探るが、真知はふるふると首を横に振るばかり。どうやら見当違いな場所をさわっているらしい。
「ほら、こっちこい」
「へっ、まちくんっ!?」
通学鞄を地面に置くやいなや、穂花の腕を引く真知。
後ろを向かされては、端正な顔に見つめられるはずもないというのに、何故か身体が火照る。
見てはいないが、見られている為か。ともすれば穴が空いてしまいそうだ。
奥歯を噛み締め、竹箒を握り締め、羞恥に耐える。髪にふれる手は休まない。
もう少し、いま少し……と我慢を重ね、数十秒が経ったであろう頃。頭を撫ぜる手は、やはり休まない。
まだ木の葉が取れないのだろうか? いや、自分がよく知る真知は不器用ではない。
「……なにしてるの?」
いよいよ異変を感じ、こわごわと問う。
「おまえは、なにをしてると思う」
質問返しなんてずるい。馬鹿正直に反論したところで、真知を論破できるはずもない。
とはいえ働かす知恵もなく、ありのままのことを口にする。
「髪を、梳かれてる気がします……」
すると、ぽんぽん。頭を撫でられた。よくできましたと、幼い子にするように。
「ん……正解」
待って、後ろにいるのは紅じゃなくて真知くんよね? あっけに取られながらも自問する。
耳許をくすぐる囁きが真知のものだと、すぐには理解できなくて。
「悪い、葉っぱってのは嘘。どうしてもさわりたくてな」
「っ……私の髪って、そんなにいいもの?」
「あぁ、手触りがいい。気持ちいい」
絶句した。
どこかの付喪神とは違い、年上として、甘やかすことはあれど甘えることはなかった真知であるのに。
しかしながら、鼓膜ごと溶かす甘い響きが、たしかに真知のものであることも事実。
「穂花、十六歳の誕生日おめでとう」
「あっ、そうだっけ!?」
「そうだ。俺は覚えてたぞ。……これで心置きなくふれられる」
明らかに声色が変わった。ざわ、と胸がさわぐ。
「まちく……」
「穂花、ふれてもいいだろ。なぁ」
肯定以外は聞き入れそうにない雰囲気だ。
はっきり言って、真知らしくない。思慮深い彼が、興奮とも取れる衝動に流されるわけが。
「穂花、穂花……ほのか」
熱っぽく喚ばれ、どうして平常を保てよう。
背を駆け抜けた電流に身体が跳ねる。その拍子に振り返ってしまった。その先に、誰がいるのか考えもせず。
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