11 / 77
狂乱の花宴㈠
しおりを挟む
無人の屋上に独り残された付喪神は、すぐに主を追うことはしなかった。
「いけませぬなぁ……何事も、御身体が資本でしょうに」
咎める口調でありながら、手元へ返された重箱の重みに、くつくつと笑みがこぼされる。
この分ならば、半分も減っていないだろう。蓋を開けずとも見てとれる事実は、紅へ熱を与えた。
「わたし好みの身体になっておる……手ずから躾けた甲斐があるというもの」
愉悦の声音と共に陽光へ差し出された重箱が、ぼう、と紅蓮の烈火に包まれる。
「もう、用済みであろう」
爆ぜることも、煙を残すことも赦されず、木の箱であったモノは、まばたきの刹那に消し炭と成り果てる。
散った桜のようだ――と、華奢な右手のひらを掲げた紅は、春風にさらわれるソレを恍惚とした紅玉に焼きつけた。
振りあおいだ視界は蒼。雲ひとつない天道を見据えれば、天界までも捉えることができるのではと、妙に浮き足立つ。
「――昼は過ぎました。万物は流転し、陰気に満ち充つる。貴方様の舞台ですね」
柘榴の実が弾けたかのごとく、紅蓮の瞳が人影を捉える。
金網へもたれた己の正面に、金属扉を背にした白衣の男が佇んでいる。その菫の瞳が、失笑した姿をしかと映し込んでいた。
「……貴様、人くさいが、人ではないな」
視えているという時点で否定されることだ。とはいえ妖とも違う。いまの世に、これほど完璧に人の姿を模し得る大妖は存在しない。
「誰そ」
果たして、天の者か、国の者か。
どちらにせよ、紅の取るべき行動はひとつに決まっていたが。
「それは、貴方様がよくご存知のはず」
しかしながら、この返答によって、新たな選択肢が見出だされる。
紅は男――朔馬の頬笑みに釘付けとなった。
信じられぬ。だが、滲み出る神気には覚えがある。忘れられるはずがない。
全てを悟った紅の身体は、憤怒に燃えたぎった。
「よくものうのうと姿を現しおって……この愚弟が……っ!」
とたん、周囲の水分濃度が急降下する。
激昂した紅を取り巻く烈火の神気に、干上がってしまったのだ。
いまにも自身を焼き殺さんとする熱気に中てられながらも、しかし朔馬は慌てない。それどころか、柳眉を八の字に下げ、口角を上げ、薄く頬笑むではないか。
「いけませぬなぁ……何事も、御身体が資本でしょうに」
咎める口調でありながら、手元へ返された重箱の重みに、くつくつと笑みがこぼされる。
この分ならば、半分も減っていないだろう。蓋を開けずとも見てとれる事実は、紅へ熱を与えた。
「わたし好みの身体になっておる……手ずから躾けた甲斐があるというもの」
愉悦の声音と共に陽光へ差し出された重箱が、ぼう、と紅蓮の烈火に包まれる。
「もう、用済みであろう」
爆ぜることも、煙を残すことも赦されず、木の箱であったモノは、まばたきの刹那に消し炭と成り果てる。
散った桜のようだ――と、華奢な右手のひらを掲げた紅は、春風にさらわれるソレを恍惚とした紅玉に焼きつけた。
振りあおいだ視界は蒼。雲ひとつない天道を見据えれば、天界までも捉えることができるのではと、妙に浮き足立つ。
「――昼は過ぎました。万物は流転し、陰気に満ち充つる。貴方様の舞台ですね」
柘榴の実が弾けたかのごとく、紅蓮の瞳が人影を捉える。
金網へもたれた己の正面に、金属扉を背にした白衣の男が佇んでいる。その菫の瞳が、失笑した姿をしかと映し込んでいた。
「……貴様、人くさいが、人ではないな」
視えているという時点で否定されることだ。とはいえ妖とも違う。いまの世に、これほど完璧に人の姿を模し得る大妖は存在しない。
「誰そ」
果たして、天の者か、国の者か。
どちらにせよ、紅の取るべき行動はひとつに決まっていたが。
「それは、貴方様がよくご存知のはず」
しかしながら、この返答によって、新たな選択肢が見出だされる。
紅は男――朔馬の頬笑みに釘付けとなった。
信じられぬ。だが、滲み出る神気には覚えがある。忘れられるはずがない。
全てを悟った紅の身体は、憤怒に燃えたぎった。
「よくものうのうと姿を現しおって……この愚弟が……っ!」
とたん、周囲の水分濃度が急降下する。
激昂した紅を取り巻く烈火の神気に、干上がってしまったのだ。
いまにも自身を焼き殺さんとする熱気に中てられながらも、しかし朔馬は慌てない。それどころか、柳眉を八の字に下げ、口角を上げ、薄く頬笑むではないか。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
兄貴がイケメンすぎる件
みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。
しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。
しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。
「僕と付き合って!」
そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。
「俺とアイツ、どっちが好きなの?」
兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。
それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。
世奈が恋人として選ぶのは……どっち?
【完結】神々の戯れ《序》 〜世界の終わりと始まりの場所〜
千鶴
大衆娯楽
神も神とて、恋はする。
それも時には、人間にだって——
「ねえオシリス。あなたは誰に、恋をする?」
恋人、家族、同志、
「人間はちっぽけだ。でも人間は、常に我々の想像を超えてくる」
これはエジプト神話を題材にした、群像劇ファンタジー。
冥界、黄泉、過去、そして未来。
さまざまな舞台を股にかけ、果ては日本。
五千年後の昭和六十一年へと、ひとりの神がトリップする。
「我はどこまで行こうと、諦めない。たとえ果てのない苦海を、永遠に泳ぐことになろうとも」
※こちらの作品は
カエルレア探偵事務所〜始まりの花〜
カエルレア探偵事務所〜アクビスの里〜
カエルレア探偵事務所〜ねじれ鏡の披露宴〜
上記長編3部作のスピンオフストーリーとなっております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる