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菫の進言㈡
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穂花とて、紅へ不満ばかり抱いているわけではない。むしろ幼いころは良い遊び相手であり、家族であった。
しかし時の流れとは無情なもので、十数年経った自分は高校生に、紅はなんら変わらぬ姿かたち、美しい少年のまま。
いまでこそ同じ年頃であるけれど、過ごす時を同じくしても、人と神に流れる時間はまったく違うのだ。
春を思うようになり、穂花は常々疑問に感じていた。神から見て脆弱な人間に、身寄りのない孤独な小娘に、どうして見返りもなく尽くしてくれるのだろうか。
紅はなにを以て、物心もつかぬ自分を主に選んだのか――と。
「……どうせ、すぐ消えちゃうのに」
抑揚を失くした声音が自分のそれであることを、数拍遅れて理解した。
〝まだ〟そのときではないのに、性急な――
あくまで未来の話をかぶりで振り払おうとしたときである。立ち眩みに見舞われたのは。
妙に緩やかに床が迫る。あ、と意味を持たない音が漏れた後は、そういえば紅を置いてきたから、これはどうしようもないなぁと他人事のように思った。
が、突如として浮遊感にさらわれる。
「……よかった。間に合って」
聞き覚えのない男声であった。それなのに不思議と耳に馴染む、柔らかい響きの。
「顔色が優れませんね。歩けますか? ……葦原さん?」
アシハラ、あしはら、葦原。自分の苗字だ。喚ばれてようやく我に返った穂花は、現状を把握して悲鳴を上げそうになる。
穂花のほうから抱きついているようにも見えなくもない状況でもし悲鳴を上げていたなら、見渡しのよい廊下に響き渡り、何事かと駆けつけた生徒ないし教師によってあらぬ誤解を招かれていたことだろう。
「ごごごっ、ごめんなさい私っ!」
「いえ、大丈夫ですよ」
飛びのいた拍子になにかが背にふれた。制服越しの感触から、手のひらだろうか。それは穂花の両足がしかと床を捉えたとき、そっと離れていった。
転ばないよう支えてくれたのだと理解すると、燃え上がるような羞恥が襲う。
「すみません、そそっかしくて……」
「知らない男にいきなりさわられたら、そりゃあびっくりしますよね。僕のほうこそ失礼しました」
居たたまれなかったはずなのに、朗らかな声音に誘われて、そろそろと視線を上げる。
目前に佇むのは、やはり見覚えのない白衣の青年であった。二十代前半にしてはあどけないのは、声音と同様に柔らかな輪郭線の影響だろうか。
絹糸のごとくさらりとした菫色の髪、長い睫毛、淡雪の肌。どこを取っても、女性のような造形だ。
「僕の顔に、なにかついていますか?」
「いえっ……あの、すごく言いにくいんですけど、えっと……」
穂花の言わんとすることを汲み取ったのか。中性的な美青年は「あぁ」と言葉を継ぐ。
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