上 下
93 / 100
本編

*92* 任務達成報酬

しおりを挟む
 日中にも関わらず、モンスターにブルームの街が襲撃された日。

 街で暴れていたモンスターたちが、突然あわてふためいたように逃げ出したらしい。


「モンスターの正体は、『死体デベディ』です。各員、火魔法による討伐に当たるように」


 エルを通して冒険者ギルド、商団ギルドに情報が伝達されたあとは、早かった。

 逃げまどう『デベディ』たちを、両ギルドが連携して一掃。初級の火魔法で一網打尽にできるほど、拍子抜けするような幕引きだったそうだ。

 おそらく、コカトリスの『デベディ』が『デベディ』たちを牛耳っていて、リーダーを倒された群れが統率を失ったというのが、エルたちの見解だ。

『デベディ』の残党が一匹残らず討伐されたいま、ブルームの夜を脅かす存在はない。

 あれから三日。わたしは呼び出しを受け、冒険者ギルドへ向かう。

 そこで任務達成報酬として二百万ゴールドと、『ギルド認定調教師テイマーライセンス』、そして『Sランク冒険者ライセンス』を受け取った。

「ひぇぇ……二百万ゴールドって、これまで一年かけて稼いでた金額じゃん……それに、DランクからSランク……こんなエグい飛び級昇格って、ほんとにあるんだ」

 ずしりと重いお財布と、プラチナのカード型ライセンスをマジックバッグにしまいながら、ふるえが止まらない。

 このブルームの街で、たったひとりの治療師ヒーラーとして傷病者の治療に当たったこと。

 それも解毒困難なコカトリスの毒におかされたひとを、複数人治療したこと。

 さらにS級モンスターであるドラゴンと『契約』し、『デベディ』の討伐に貢献したことが評価されて、この異例措置らしい。

 冒険者ギルドの応接間で高そうなソファーに座らされて、いかにもお偉いさんなダンディなおじさまが丁寧に説明してくれたけど、ビビって半分も聞いてなかったかもしれない。

「あるじさまが、いっぱいがんばってたからなのですよう! ユウヒはちゃあんと、見てましたです!」

 ひょっこりとわたしの視界に映り込んで、まぶしい笑顔を炸裂させたのは、少年のすがたのユウヒだ。

『ギルド認定調教師テイマーライセンス』発行に当たり、『契約』したモンスターの登録をしなければいけなかったので、ユウヒもつれてきたわけなんだけど……はりきったユウヒが、強火のほうのドラゴンに変身してみせたもんだから、もう大変。

 めったにお目にかかれないドラゴンに興奮したスタッフに取り囲まれて質問攻めにあったり、血が騒いだ冒険者たちに勝負を挑まれたりで、てんやわんやの大騒ぎよ。

 結局、中火のほうのかわいいユウヒ(人間)にちぢんでもらうことで、なんとか騒ぎから抜け出すことができた。

 黒いレンガの建物から出てきたころには、空は一面オレンジ色。

 どっと疲れているわたしとは正反対に、おててをつないだユウヒはうれしそうだ。

(この人懐っこい子が、みんなのために、手強いモンスターを倒したんだよなぁ)

 わたしだけの功績じゃない。だとしたら、無邪気で無欲なこの子にわたしがしてあげられることは、めいっぱい甘やかしてあげることだろう。

「よーし、お給料もたくさんもらったことだし、ちょっとお買い物して帰ろう」
「はい、にもつもちですね。ユウヒ、ちからもちなので、できます!」

 マジックバッグから大きめのバスケットを取り出してわたすと、ユウヒがはりきって受け取った。それをほほ笑ましく思いながら、大通りの向こうを指さす。

「あっちの果物屋さんに、『これいっぱいにリンゴください』っておねがいしておいで? ユウヒのだいすきなアップルパイ、とびきりおっきいのをララたちに作ってもらおう?」
「わぁあ……! はいです! すみません、リンゴさん、いっぱいくださ~い!」

 エメラルドの瞳をきらきらと輝かせて、ぱたぱたと駆けていくユウヒのあとを、くすくすと笑いながら追いかける。

「はいよー……あら? もしかしてアンタ、噂の薬術師のお嬢ちゃんじゃないかい?」

 そうしたら、果物屋のふくよかなおばさんが、ユウヒと、あとからやってきたわたしを見て、目を白黒させた。

「え、わたし、噂になってるんですか?」
「そりゃあねぇ! だってこのぼうや、ファイア・ドラゴンなんだろ? こんなに鮮やかな赤い髪の子はブルームにはいないから、すぐわかるよ。つまりアンタが、ドラゴンをつれた薬術師。まだ若いのにこの街を救った、救世主ってわけだ!」
「あはは……なんか、壮大な話になってますね」

 言われてみれば、いろんなところから視線を感じる気が。

「あの子が、例の薬術師?」
「ドラゴンつかいなんだって!」
「酷い怪我や猛毒を、あっという間に治したらしいぞ」
「ほぉ、若いのにすごいのぉ」

 どうしよう、こどもからお年寄りまで、道行くあらゆるひとの視線を感じる。前世も含め、こんなに大勢から注目された経験のないわたしは、冷や汗が止まらない。

「いやもう、たいしたことはしてないんで、勘弁してください、マジで……」
「なに言ってんだい! アンタのおかげでモンスターがいなくなって、アタシたちも元の生活にもどれたんだよ。その恩人に礼のひとつもできないなんて、ブルームの民の名が廃るってもんさね! ほれ、もってきな!」
「わわっ!」

 ユウヒのもつバスケットに、ひょいひょいとリンゴを放り込んでいくおばさん。バスケットが真っ赤なリンゴで山盛りになると、今度は別のリンゴをわしづかんで、わたしに押しつけてきた。

 まってこのリンゴ、皮がキンキラキンの黄金なんですけど!?

「『ブルーム・ゴールド』、ウチでつくってる最高品質のリンゴさ。かじりついたら、あふれる蜜と瑞々しい食感にヤミツキになる。これを食べてたらのども渇かない。お代はいいから、もっと持ってきな、ほらっ!」
「あわわ……こんなにたくさん、受け取れないです!」
「細かいことは気にすんじゃないの!」

 あわてて遠慮するけど、ひょいひょいとわたしに黄金のリンゴを押しつけてくるおばさんの手は止まらない。

「ウチのリンゴを食べたら、ほかのものじゃ満足できなくなっちまうよ。そしたらまた、リンゴを買いにこの街に寄ってくれたらいいさ。サービスするからね。ブルームの民を助けてくれて、ありがとね!」

 最後にパチンッとウインクで、とどめを刺された感じだ。

 わたしの作った薬で、わたしの治癒魔法で、だれかを助けることができた。

 ……うれしい。

「はい……ありがとうございます。また来ます。かならず」
「ユウヒもうれしいです! ありがとうございます~!」

 街のひとたちのあたたかいまなざしが、くすぐったい。

 深々と頭をさげて、ユウヒといっしょに、夕焼けに染まるブルームの街を歩き出す。

「みなさん、おやさしいですね。……おいしいアップルパイを作ってもらって、ノアにいさまも、げんきになってくれたらいいんですけど」

 旧ブルーム城へと帰る途中、ぽつりと、ユウヒがこぼした。

「うん……そうだね」

 つとめて気丈に笑ってみせるけど、わたしの胸は、ぎゅっと締めつけられた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

めるの
恋愛
仕事に疲れたアラサー女子ですが、気付いたら超絶美少女であるアナスタシアのからだの中に! 魅了の魔力を持つせいか、わがまま勝手な天才魔術師や犬属性の宰相子息、Sっ気が強い王様に気に入られ愛される毎日。 幸せだけど、いつか醒めるかもしれない夢にどっぷり浸ることは難しい。幸せになりたいけれど何が幸せなのかわからなくなってしまった主人公が、人から愛され大切にされることを身をもって知るお話。 ※主人公以外の視点が多いです。※他サイトからの転載です

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...