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本編
*82* デタラメな怪物
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「どうして……?」
「生まれながらの体質、ですかね。実をいうと、詳しいことは僕にもよくわかりません。なにせ、じぶんの親がだれなのかもわからないので。さぁリオ、顔をよく見せてください。傷の手当てをしましょうね」
エルがおもむろにふところからシルクのハンカチを取り出し、わたしへ手を伸ばしてくるけれど、お父さんの待ったがかかる。
「エリオル。いまのおまえはコカトリスの血──瘴気を大量にまとっているんだぞ。私の娘に不用意にふれてくれるな」
ぴしゃりと言い放ったお父さんは、指先でわたしの右ほほをするりとなでる。
ポゥ……とあたたかな淡い光がふれて、ぴりぴり痛みを訴えていたほほの傷が消えていく。
これが神官による治癒魔法。いわゆる『神の祝福』と呼ばれるものだと、遅れて理解した。
「……大神官さま」
すっと笑みをひそめたエルの蜂蜜色のまなざしと、わたしの肩を抱いたお父さんの葡萄酒色のまなざしが絡み合う。
「これは失礼」
そうとだけ口にしたエルは、もう一度わたしに向き直り、花がほころぶようにほほ笑んでみせた。
「先ほど、こちら旧ブルーム城の方角で、強大な魔力性の爆発を目撃しまして。ノアくんの魔法によるものだと、すぐにわかりました。急いでもどって正解でしたね」
現状、旧ブルーム城に派遣された中で、魔術師系の冒険者はわたしとノアしかいない。そして言うまでもなく、わたしにあそこまで高火力の攻撃魔法は使えない。
ノアが攻撃魔法を発動させた、つまり城に残るわたしたちがモンスターに襲われたのだといち早く察したエルが、もどってきてくれたんだ。
「……なんか、最後にいいところ横取りされた感じ」
「コカトリスと互角に闘える駆け出しの魔術師さんなんて、君くらいなものですよ」
「そうですよう! ノアにいさま、すごいのです!」
まだ立ち上がる体力がもどってないんだろう。地面に座り込んだままふてくされたノアを、ユウヒが「すごいすごい!」と褒めている。
まるで兄弟みたいな光景にくすりと笑みをもらしたエルが、ふと真剣な面持ちになり、わたしを見た。
「そして、コカトリスの毒を解毒できるのは、あなただけです、リオ」
「……はい」
コカトリスの毒を受けて、手足に力が入らないノアは、まだマシなほうだ。
でもここには、ほかにも顔面蒼白で倒れ込んだルウェリンがいる。
ルウェリンをかばってコカトリスの血を大量にあびてしまったヴァンさんも、このままでは危険だ。
「……私は、平気よ……」
「なにをばかなことを。痩せ我慢もいい加減にしてください」
エルの声には、わずかに苛立ちがにじんでいる。でもそれは、ヴァンさんに対するものじゃない。
ヴァンさんが心配なんだ。なのになにもしてあげられないことが、たまらなく歯がゆいんだ。
みんなのために、一刻もはやく、治療しなければ。
「……ケケッ、ケケケケケケッ!」
……治療しなきゃ、いけないのに。
信じられない光景を目の当たりにした。
エルにバラバラにされたコカトリスが、嗤い声をあげる光景だ。
コカトリスの周囲で、禍々しい漆黒の煙のようなものが蠢いている。その煙が、地面で山積みになった肉片の切断面を、ゆっくりとつなぎ合わせていく。
のそりと起き上がったコカトリスは、異様なすがただった。
翼は左右逆、腹の臓物が飛び出した箇所からヘビのような尻尾が生えていて、やや右半身寄り、左右非対称にくっついた足も、右足は前に、左足は後ろと、爪先が正反対の方向を向いている。
デタラメにつぎはぎされた、怪物。この世のものとは思えないおぞましさだ。
「……笑っちゃいますね」
エルは失笑し、腰の剣に手を添える。
みんなの治療をしなくちゃいけない。もたもたしているヒマはない。
なのに、倒しても倒してもコカトリスは起き上がる。
一体どうすればいいの……!?
「ケケケッ……」
バランスの悪いからだで、よたよたとコカトリスが歩き出す。
「さーわーらーなーいーでーっ!」
そのときだった。
女の子の高い声が響きわたったかと思えば、ブォンッと、コカトリスがふっ飛んだ。
……へ? ふっ飛んだ!?
「マナーの悪いお客さまね! いきなりずかずかやってきて、なんですか! みんなにひどいことしたら、わたしが許さないわよっ!」
可愛らしい声を張り上げてぷんぷんっ! と怒っている、ブラウンの髪に、アクアマリンの瞳をした、エプロンすがたの女の子。
これはもしかして、もしかしなくても。
「ララっ!?」
間違いない。突然あらわれてコカトリスをぶっ飛ばしたのは、ララだった。
肩にはなぜか、メラメラと燃えたぎっているハンマーのようなものを担いでいる。
「えっと……うん? えっ?」
急展開すぎて、意味がわからなかった。
「生まれながらの体質、ですかね。実をいうと、詳しいことは僕にもよくわかりません。なにせ、じぶんの親がだれなのかもわからないので。さぁリオ、顔をよく見せてください。傷の手当てをしましょうね」
エルがおもむろにふところからシルクのハンカチを取り出し、わたしへ手を伸ばしてくるけれど、お父さんの待ったがかかる。
「エリオル。いまのおまえはコカトリスの血──瘴気を大量にまとっているんだぞ。私の娘に不用意にふれてくれるな」
ぴしゃりと言い放ったお父さんは、指先でわたしの右ほほをするりとなでる。
ポゥ……とあたたかな淡い光がふれて、ぴりぴり痛みを訴えていたほほの傷が消えていく。
これが神官による治癒魔法。いわゆる『神の祝福』と呼ばれるものだと、遅れて理解した。
「……大神官さま」
すっと笑みをひそめたエルの蜂蜜色のまなざしと、わたしの肩を抱いたお父さんの葡萄酒色のまなざしが絡み合う。
「これは失礼」
そうとだけ口にしたエルは、もう一度わたしに向き直り、花がほころぶようにほほ笑んでみせた。
「先ほど、こちら旧ブルーム城の方角で、強大な魔力性の爆発を目撃しまして。ノアくんの魔法によるものだと、すぐにわかりました。急いでもどって正解でしたね」
現状、旧ブルーム城に派遣された中で、魔術師系の冒険者はわたしとノアしかいない。そして言うまでもなく、わたしにあそこまで高火力の攻撃魔法は使えない。
ノアが攻撃魔法を発動させた、つまり城に残るわたしたちがモンスターに襲われたのだといち早く察したエルが、もどってきてくれたんだ。
「……なんか、最後にいいところ横取りされた感じ」
「コカトリスと互角に闘える駆け出しの魔術師さんなんて、君くらいなものですよ」
「そうですよう! ノアにいさま、すごいのです!」
まだ立ち上がる体力がもどってないんだろう。地面に座り込んだままふてくされたノアを、ユウヒが「すごいすごい!」と褒めている。
まるで兄弟みたいな光景にくすりと笑みをもらしたエルが、ふと真剣な面持ちになり、わたしを見た。
「そして、コカトリスの毒を解毒できるのは、あなただけです、リオ」
「……はい」
コカトリスの毒を受けて、手足に力が入らないノアは、まだマシなほうだ。
でもここには、ほかにも顔面蒼白で倒れ込んだルウェリンがいる。
ルウェリンをかばってコカトリスの血を大量にあびてしまったヴァンさんも、このままでは危険だ。
「……私は、平気よ……」
「なにをばかなことを。痩せ我慢もいい加減にしてください」
エルの声には、わずかに苛立ちがにじんでいる。でもそれは、ヴァンさんに対するものじゃない。
ヴァンさんが心配なんだ。なのになにもしてあげられないことが、たまらなく歯がゆいんだ。
みんなのために、一刻もはやく、治療しなければ。
「……ケケッ、ケケケケケケッ!」
……治療しなきゃ、いけないのに。
信じられない光景を目の当たりにした。
エルにバラバラにされたコカトリスが、嗤い声をあげる光景だ。
コカトリスの周囲で、禍々しい漆黒の煙のようなものが蠢いている。その煙が、地面で山積みになった肉片の切断面を、ゆっくりとつなぎ合わせていく。
のそりと起き上がったコカトリスは、異様なすがただった。
翼は左右逆、腹の臓物が飛び出した箇所からヘビのような尻尾が生えていて、やや右半身寄り、左右非対称にくっついた足も、右足は前に、左足は後ろと、爪先が正反対の方向を向いている。
デタラメにつぎはぎされた、怪物。この世のものとは思えないおぞましさだ。
「……笑っちゃいますね」
エルは失笑し、腰の剣に手を添える。
みんなの治療をしなくちゃいけない。もたもたしているヒマはない。
なのに、倒しても倒してもコカトリスは起き上がる。
一体どうすればいいの……!?
「ケケケッ……」
バランスの悪いからだで、よたよたとコカトリスが歩き出す。
「さーわーらーなーいーでーっ!」
そのときだった。
女の子の高い声が響きわたったかと思えば、ブォンッと、コカトリスがふっ飛んだ。
……へ? ふっ飛んだ!?
「マナーの悪いお客さまね! いきなりずかずかやってきて、なんですか! みんなにひどいことしたら、わたしが許さないわよっ!」
可愛らしい声を張り上げてぷんぷんっ! と怒っている、ブラウンの髪に、アクアマリンの瞳をした、エプロンすがたの女の子。
これはもしかして、もしかしなくても。
「ララっ!?」
間違いない。突然あらわれてコカトリスをぶっ飛ばしたのは、ララだった。
肩にはなぜか、メラメラと燃えたぎっているハンマーのようなものを担いでいる。
「えっと……うん? えっ?」
急展開すぎて、意味がわからなかった。
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