お菓子配りの魔女と落ちこぼれ悪魔〜転生薬術師、ノリでひろった美少年が純情インキュバスでいろいろ詰む〜

はーこ

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本編

*78* 危機は突然に

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「リオさん、すみません! でも、たいへんなんです!」

 パタパタと駆け寄ってくるルウェリンの顔は、真っ青だ。

「なにがあったの?」
「レオンが……スープをこぼした服を洗濯に行ったレオンが、もどってこないんです。付き添いの姉さんも!」
「うそでしょ、ララもですって!」
「ほんとなんです、洗濯物だけ干してあって、洗濯場のどこにもいなかったんです!」

 たらりとこめかみに冷や汗がつたうのが、じぶんでもわかった。

(待って、洗濯が終わってるのに一向にもどらないのは、おかしすぎる。しかもこのタイミングで……!)

 いまモンスターに襲われているのは、街だ。

 だけど、ふと思い出すことがある。

 この旧ブルーム城も、おなじブルームにあることには変わりないって。

「……あるじさま。いやな風が、ふいてます」

 しんと静けさにつつまれるなか、袖を引かれる感触があってふり返る。

 ユウヒだった。あざやかなクリムゾンレッドの髪を風になびかせながら、庭園のほうを警戒している。

「……血のにおいもするな」

 次いで、顔をしかめたノアが、立ち止まったわたしの一歩前へ出る。

 ただならぬ気配を察したヴァンさんも、腰に提げた剣へ手を添え、すばやく視線を走らせた。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……ぶっそうですね」

 静かにつぶやいたユウヒの様子が、一変。


「──上空に敵性反応を感知。防衛体制に移行します」

 
 カッとエメラルドの瞳が見ひらかれた瞬間、ユウヒの周囲で、熱風が巻き起こった。

 ぶわり、と急上昇した熱風が、庭園の上空にすがたをあらわした『影』を飲み込む。


「ギィィ、アンギャァアア!」


 けたたましい叫び声が頭上でひびきわたった。

 熱風に揉まれた『影』は、赤や黄の毒々しい色のトサカを持った、ニワトリのからだにヘビのような下半身をしたモンスターで。

「冗談でしょ……なんでこんなところにコカトリスがいるわけ! しかも群れで!」

 ヴァンさんの叫びが、どこか遠くに聞こえる。

 コカトリス。モンスターに疎いわたしでも、よく知っている名前だ。

 きわめて獰猛な習性を持つことから、冒険者ギルドがさだめる討伐難度はB──通称『空の暴れん坊』だ。それが、三体も。

「まずいっ……みんな、鼻と口をおさえて! コカトリスの吐く息には猛毒がありますっ!」
「シャアアァアアッ!」
「きゃっ……!」
「あるじさま!」

 とっさに鼻と口を手で覆った直後、コカトリスが猛然と羽ばたき、暴風を起こす。

 あまりの風圧に大きくよろめいたわたしを、ユウヒが受けとめてくれる。細いのに、わたしが身動きしてもびくともしない、力強い腕だった。

「させるかっ……『トルネイド』!」

 すぐさまノアがネイビーのローブをひるがえし、両手をかざして魔法陣を展開。緑色のまばゆい光とともに、最大出力の風魔法で、反撃をこころみる。

 ゴウッと空間ごと切り裂くような竜巻が、三体のコカトリスたちに襲いかかった。

「ギャッ!」
「グゥ……」
「ンギィイィイッ!!」

 やったか。

 そう思えたのもつかの間のこと。ノアの『トルネイド』に全身を切り裂かれているというのに、コカトリスたちは羽ばたくことをやめない。白く濁った目が、わたしたちをとらえた。

 毒性を持つモンスターは、薬術師なら知っていて当然なのに。

「あ…………」

 ヘマをした。コカトリスの目を見てしまったんだ。

 コカトリスの視線には、神経を一時的に麻痺させる魔力作用もある。

 まずいと思ったときには、もう遅い。

 ぴしりと、からだが石のように動かなくなった。

「リオ! このっ……うっ!」

 迫りくるコカトリスからわたしを遠ざけるため、魔法を発動させようとするノアだけど、それも叶わない。

 翼が切り刻まれようがおかまいなしに羽ばたくコカトリスたち。その血液が、わたしたちの頭上に降り注いだためだ。

 生温かい真紅の雨が、ジュワ……とローブに染み込む。鼻を突き刺すような刺激臭が、容赦なく追い討ちをかける。

「うぅ……」
「ルウェリン、しっかりしなさい!」

 コカトリスの血にあてられてしまったのか。うずくまるルウェリンを抱きとめたヴァンさんも、顔面蒼白だ。

「あるじさまに、さわらないでください!」
「……ユウ、ヒ……だ、め……」

 ろくに動かせない口をこじあけ、わたしをかばうように前に出たユウヒを呼ぶ。

 この場で動けるのは、ユウヒだけ。でもだめ、だってユウヒは。

「ギギギ、ギャアアァアアッ!!」

 まさに狂ったようなコカトリスの群れが、わたしたちに襲いかかる。

 からだの自由をうばわれ、恐怖に目を閉じることもできない。

 死という言葉が脳裏に浮かんだ、そのときだった。


「──しゅよ。天使に愛されし女神、ラファエリスよ」


 祈るようにひびく声があった。

 視界をさえぎる背中があった。


 純白の神官服とアッシュグレーの髪が、止まったような時間で、網膜に焼きつく。


 見間違うはずがない。

 わたしとコカトリスのあいだに立ちはだかったのは、お父さんだ。


「哀れな者に救済を。慈悲の神炎しんえんを以て道を照らしたまえ」


 おだやかな祈りの声とともに、お父さんが手にした白銀の十字架ロザリオを天へかかげた刹那。

 旧ブルーム城に、まばゆい閃光が走った。
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