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本編
*77* 神聖力とは
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「どこに行こうとしてるのかな、リーオ?」
ヴァンさんとの話がまとまったタイミングで、ノアが地下倉庫からもどった。
わたしがただならぬ様子でホールを出ていこうとしていた時点で、なんとなく察したんだろう。にこやかに声をかけてくるけど、目が笑ってない。
「ちょっとお父さんのところにカチコミに」
そうとだけ言えば、ノアはため息をつく。それから手にしていた上級ポーションの材料を、調薬道具のある作業台に置いた。
「だめ、行かせない。……って俺が止めても行くんだよねぇ、リオは」
「大神官さまなら治療もお手の物なはずなので、世のためひとのためにボランティアをしてもらおうかと」
「うん……じゃあ、そういうことにしといてあげる。ただし、あのひとがすこしでも妙な真似したら、たとえリオのお父さんでもただじゃおかないから」
「その点に関しては遠慮はいらないよ。リオちゃん泣かせたら思う存分ぶん殴ってよし。私が許す」
「そう? ならお言葉に甘えて。おちびも噛みついたり引っ掻いたりしていいからな」
「むむ……『ぼうりょく』はすきじゃないけど、『せいとうぼうえい』なら、しかたないのかな……?」
ノアやヴァンさんは殺気マシマシだし、ユウヒもうまい具合に言いくるめられてるし。
すごく物騒な気もするけど、わたしにとっては他人事だ。これも日頃の行いのせいなので受け入れてください、お父さん。
「みんな、ありがとう」
じぶんのことのように怒ったり心配してくれるみんなのやさしさに、はげまされる。
「行きましょう」
うつむいてばかりじゃいられない。
ぐっと顔を上げて、わたしはホールの外へと駆け出した。
* * *
この世界における魔法の基本属性は、火、風、土、雷、水の五属性。ほかには少数派ながら、光や闇属性の使い手もいる。
だけどごくまれに、そのいずれにも該当しない魔力の持ち主が存在する。
それが全属性と、無属性の魔力の持ち主だ。
全属性は、その名のとおりすべての属性の魔法をあやつることのできる豊富な魔力を持つことが特徴。
魔法式を一度書いただけでどんな属性の魔法も使いこなしているノアは、おそらく全属性の可能性が高い。
そして、全属性と正反対な魔力の性質を持つのが、無属性の使い手──わたしのように、治癒魔法をあつかう治療師だ。
そもそも属性を持つということは、相性の影響を受けてしまうということだ。たとえば水が火の勢いを弱めてしまうように、水属性の魔力が火属性の使い手の体内に入り込むと、かえって副作用を引き起こしてしまう可能性がある。
だからこそ、どんなひとのからだにもなじむように考案された治癒魔法は、属性を持たない無属性に分類される。
かくいうわたしも無属性だ。冒険者ギルドの健康診断でもそう認定されている。
無属性なのに火や風属性の魔法を使えるのは、市販の魔石の力を借りて、まっさらな魔力に『色づけ』をしているからだ。
もちろん魔石にこめた魔力の百パーセントが出力されるわけじゃないし、魔石自体も使い捨てだから買い直さなくちゃいけない。
治療師のほとんどが戦闘に不向きなのは、そういうコスパの悪さが原因だと思う。
そんななか、治癒魔法と似て非なるもの──神聖力というものがある。
実を言うとこれがどういったものなのか、わたしは詳細を知らない。神聖力に関する技法書は門外不出、神殿の関係者しか閲覧を許されないためだ。
ただ治癒能力に優れていて、神殿をおとずれるひとびとの怪我や病気を治しているというのは、古くから有名な話だ。
要するに、無属性を持つひとが治療系の冒険者になれば治療師、神殿独自の指南を受けて治療魔法を習得すれば神官と呼ばれると、わたしは認識している。
そして、『ギルド認定薬術師』のわたしの血縁……おなじ無属性である可能性が高いお父さんが神殿の大神官さまをやっているなら、神聖力を使うことができてもなんら不思議はないわけで。
「モンスターが出没するこの街に、単身でやってきたくらいです。最低限の度胸はあると思います」
「口だけじゃなく、この非常事態下でも冷静に対処できるはず、か。馬に乗って狩りもできないくらい気弱な温室育ちのおぼっちゃまが、変わったもんだね……あぁいや」
わたしの一歩先を行くヴァンさんが、「それもちょっと違うな」と首を横にふった。
「テオのやつ、性格はガラッと変わったのに、なんていうのかね……」
ヴァンさんが言葉を見つけられず、首をひねる理由はわかる。
『それ』こそ、わたしもお父さんと再会したときにおぼえた、違和感の正体。
「お父さん、見た目がまったく変わってないんですよね」
「そういえば、リオの父親にしてはやけに若い気がしてたけど、俺の気のせいじゃなかったんだね」
「家出したのはもう十数年も前なのに、ありゃ私が最後に見た二十代の外見よ。私より年下って、どんな若作りしたらそうなるわけ? なんかヤバイクスリでもキメてんじゃないの?」
「ヤバイ宗教にハマッてましたからね、あり得ない話でもないですけど」
それがほんとうかどうかを追及するときは、いまじゃない。答えてくれるとも限らないし。
「モンスターの襲撃を受けているこの街で貴重な治療要員として、協力してもらう。それだけです」
「そうだね、こき使ってやりましょう。…………うん?」
回廊のちょうど曲がり角で、ヴァンさんが足を止める。
遠くへ視線を向けたマゼンタの瞳が、みるみるうちに見ひらかれた。
「そこでなにやってるの!」
「わっ……!」
ヴァンさんが声を張り上げた先。回廊できょろきょろとしていたハニーブロンドの少年には、わたしも見覚えがあった。
「きみ、ルウェリン!?」
「だれ?」
「ノアは会ったことがなかったね。ここのアカデミー生の子だよ」
だけど、どうして? ヴァンさんに聞いた話だと、モンスター襲撃の一報があってからアカデミー生は寮室から出ないよう、指示が出ていたはずでしょ?
ヴァンさんとの話がまとまったタイミングで、ノアが地下倉庫からもどった。
わたしがただならぬ様子でホールを出ていこうとしていた時点で、なんとなく察したんだろう。にこやかに声をかけてくるけど、目が笑ってない。
「ちょっとお父さんのところにカチコミに」
そうとだけ言えば、ノアはため息をつく。それから手にしていた上級ポーションの材料を、調薬道具のある作業台に置いた。
「だめ、行かせない。……って俺が止めても行くんだよねぇ、リオは」
「大神官さまなら治療もお手の物なはずなので、世のためひとのためにボランティアをしてもらおうかと」
「うん……じゃあ、そういうことにしといてあげる。ただし、あのひとがすこしでも妙な真似したら、たとえリオのお父さんでもただじゃおかないから」
「その点に関しては遠慮はいらないよ。リオちゃん泣かせたら思う存分ぶん殴ってよし。私が許す」
「そう? ならお言葉に甘えて。おちびも噛みついたり引っ掻いたりしていいからな」
「むむ……『ぼうりょく』はすきじゃないけど、『せいとうぼうえい』なら、しかたないのかな……?」
ノアやヴァンさんは殺気マシマシだし、ユウヒもうまい具合に言いくるめられてるし。
すごく物騒な気もするけど、わたしにとっては他人事だ。これも日頃の行いのせいなので受け入れてください、お父さん。
「みんな、ありがとう」
じぶんのことのように怒ったり心配してくれるみんなのやさしさに、はげまされる。
「行きましょう」
うつむいてばかりじゃいられない。
ぐっと顔を上げて、わたしはホールの外へと駆け出した。
* * *
この世界における魔法の基本属性は、火、風、土、雷、水の五属性。ほかには少数派ながら、光や闇属性の使い手もいる。
だけどごくまれに、そのいずれにも該当しない魔力の持ち主が存在する。
それが全属性と、無属性の魔力の持ち主だ。
全属性は、その名のとおりすべての属性の魔法をあやつることのできる豊富な魔力を持つことが特徴。
魔法式を一度書いただけでどんな属性の魔法も使いこなしているノアは、おそらく全属性の可能性が高い。
そして、全属性と正反対な魔力の性質を持つのが、無属性の使い手──わたしのように、治癒魔法をあつかう治療師だ。
そもそも属性を持つということは、相性の影響を受けてしまうということだ。たとえば水が火の勢いを弱めてしまうように、水属性の魔力が火属性の使い手の体内に入り込むと、かえって副作用を引き起こしてしまう可能性がある。
だからこそ、どんなひとのからだにもなじむように考案された治癒魔法は、属性を持たない無属性に分類される。
かくいうわたしも無属性だ。冒険者ギルドの健康診断でもそう認定されている。
無属性なのに火や風属性の魔法を使えるのは、市販の魔石の力を借りて、まっさらな魔力に『色づけ』をしているからだ。
もちろん魔石にこめた魔力の百パーセントが出力されるわけじゃないし、魔石自体も使い捨てだから買い直さなくちゃいけない。
治療師のほとんどが戦闘に不向きなのは、そういうコスパの悪さが原因だと思う。
そんななか、治癒魔法と似て非なるもの──神聖力というものがある。
実を言うとこれがどういったものなのか、わたしは詳細を知らない。神聖力に関する技法書は門外不出、神殿の関係者しか閲覧を許されないためだ。
ただ治癒能力に優れていて、神殿をおとずれるひとびとの怪我や病気を治しているというのは、古くから有名な話だ。
要するに、無属性を持つひとが治療系の冒険者になれば治療師、神殿独自の指南を受けて治療魔法を習得すれば神官と呼ばれると、わたしは認識している。
そして、『ギルド認定薬術師』のわたしの血縁……おなじ無属性である可能性が高いお父さんが神殿の大神官さまをやっているなら、神聖力を使うことができてもなんら不思議はないわけで。
「モンスターが出没するこの街に、単身でやってきたくらいです。最低限の度胸はあると思います」
「口だけじゃなく、この非常事態下でも冷静に対処できるはず、か。馬に乗って狩りもできないくらい気弱な温室育ちのおぼっちゃまが、変わったもんだね……あぁいや」
わたしの一歩先を行くヴァンさんが、「それもちょっと違うな」と首を横にふった。
「テオのやつ、性格はガラッと変わったのに、なんていうのかね……」
ヴァンさんが言葉を見つけられず、首をひねる理由はわかる。
『それ』こそ、わたしもお父さんと再会したときにおぼえた、違和感の正体。
「お父さん、見た目がまったく変わってないんですよね」
「そういえば、リオの父親にしてはやけに若い気がしてたけど、俺の気のせいじゃなかったんだね」
「家出したのはもう十数年も前なのに、ありゃ私が最後に見た二十代の外見よ。私より年下って、どんな若作りしたらそうなるわけ? なんかヤバイクスリでもキメてんじゃないの?」
「ヤバイ宗教にハマッてましたからね、あり得ない話でもないですけど」
それがほんとうかどうかを追及するときは、いまじゃない。答えてくれるとも限らないし。
「モンスターの襲撃を受けているこの街で貴重な治療要員として、協力してもらう。それだけです」
「そうだね、こき使ってやりましょう。…………うん?」
回廊のちょうど曲がり角で、ヴァンさんが足を止める。
遠くへ視線を向けたマゼンタの瞳が、みるみるうちに見ひらかれた。
「そこでなにやってるの!」
「わっ……!」
ヴァンさんが声を張り上げた先。回廊できょろきょろとしていたハニーブロンドの少年には、わたしも見覚えがあった。
「きみ、ルウェリン!?」
「だれ?」
「ノアは会ったことがなかったね。ここのアカデミー生の子だよ」
だけど、どうして? ヴァンさんに聞いた話だと、モンスター襲撃の一報があってからアカデミー生は寮室から出ないよう、指示が出ていたはずでしょ?
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