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本編
*67* 望まない再会
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一度おとずれたことのあるエルの部屋。
だけど、たどり着く前に、回廊ですれ違った商団ギルドのお兄さんが、驚くべきことを言い放った。
「エリオルさまをおさがしですか? 急な来客があって、その対応をされていますよ。各ギルド関係者でも、街の関係者でもないときいていますが」
「部外者ってこと? この時期にブルームへ来るなんて、とんだ物好きもいたもんだ」
ヴァンさんの言うとおりだ。
連日モンスターの襲撃を受けているこの街が危険なことは、近隣の街や村にも周知されているはずだから。
商団ギルドのお兄さんに教えてもらったとおり、エルがいるという庭園へヴァンさんと向かうと──たしかに、いた。
臨時ポータルの設置されたすぐ近くで、だれかと向き合っている。
「エル?」
呼んでみたけど、返事はない。いつもならすぐわたしに気づいてほほ笑みかけてくれるエルが、背を向けたまま、わたしに気づかない。
それくらい、目の前にいるひとに、集中してるってこと。
「……おひさしぶりです。こちらには、どういったご用件で?」
ふだんは柔和なエルの声が、どこか硬い。抑揚もない。
そっとエルへ歩み寄る足を、思わず止めてしまった。
なぜなら、エルを取り巻く空間が、底冷えするくらい、冷え切っていたから。
「傷つき、不安な夜をすごすひとびとへ、神の祝福を授けに」
次にきこえたのは、若い男性の声だ。
「この世に神などいません」
「かつて神の御前にお仕えしていた者の言葉とは、思えないな」
「『仕えさせていた』の間違いでは?」
淡々と返すエルの言葉は、あからさまに刺々しい。
それは、ヴァンさんに対するものの比じゃない。明確な拒絶と、嫌悪感によるものだった。
ここまで来れば、エルと向き合った人物が歓迎されていないことは、いやでもわかる。
「あの男、神殿の関係者だね」
「神殿の……ですか?」
「そ。しかもあの純白の衣裳、大神官クラスだ。んー、顔がよく見えないな」
たしかに、庭園をいろどる薔薇のしげみに阻まれて、エルのすがたもよく見えない。
大神官らしき男性とエルが、なにをしているのか?
なりゆきを見守っていると、しばらくの沈黙があって、次に口をひらいたのは、くだんの男性だった。
「では、日をあらためてうかがうとしよう」
「また追い返されるとはお思いになりませんか?」
「思わないな。ひとびとはかならずや、神の慈悲を乞うだろう」
風が吹き、薔薇の葉がそよぐ。
「エリオル」
黙りこくるエルへ歩み寄った男性の顔が、あらわになった。
「…………え?」
そのとき、その瞬間。
見えた。見てしまった。エルと言葉を交わしていた男性の顔を。
「エリオル。ひとたび神へその身をささげたおまえは、すでにわが主のものだ。どこにいようと、神がさだめる運命からは逃れられない」
わたしの心臓は、バクバクバクと異様に加速をはじめる。
「──ッ!!」
とっさにローブのフードをまぶかにかぶり、後ずさっていた。
「リオちゃん? どうしたの?」
わたしの異変に気づいたヴァンさんが、心配そうに声をかけてくれる。
だけど皮肉なことに、そのやさしさが、わたしの望まない展開をまねいてしまう。
「……リオ? いたのですか?」
エルに、気づかれてしまった。
「ごめんなさい、朝のごあいさつにうかがえなくて……どうしたんですか、からだがふるえてます。具合が悪いのですか!?」
顔を隠したくらいじゃ、エルの目はごまかせなかった。
フードをにぎりしめた手がわずかにふるえていることすら気づかれて、血相を変えたエルが駆け寄ってくる。
「ヴァン、彼女になにかしたんじゃないでしょうね」
「濡れ衣だよ! ここに来るまでなんともなかったってば!」
「どうだか。……部屋まで送ります。今日は一日無理をしないで、休んでください。ね? リオ」
やわらかくほほ笑みながら肩を支えてくれるエルは、わたしの様子がおかしい本当の理由に気づかない。気づけるはずもないんだけど。
「…………『リオ』?」
エルの言葉に反応したのは、あの男性だ。
わたしは神殿なんか行ったことがなければ、大神官の知り合いもいない。
だけどわたしは、彼を知っている。そして、彼もまた。
だけど、たどり着く前に、回廊ですれ違った商団ギルドのお兄さんが、驚くべきことを言い放った。
「エリオルさまをおさがしですか? 急な来客があって、その対応をされていますよ。各ギルド関係者でも、街の関係者でもないときいていますが」
「部外者ってこと? この時期にブルームへ来るなんて、とんだ物好きもいたもんだ」
ヴァンさんの言うとおりだ。
連日モンスターの襲撃を受けているこの街が危険なことは、近隣の街や村にも周知されているはずだから。
商団ギルドのお兄さんに教えてもらったとおり、エルがいるという庭園へヴァンさんと向かうと──たしかに、いた。
臨時ポータルの設置されたすぐ近くで、だれかと向き合っている。
「エル?」
呼んでみたけど、返事はない。いつもならすぐわたしに気づいてほほ笑みかけてくれるエルが、背を向けたまま、わたしに気づかない。
それくらい、目の前にいるひとに、集中してるってこと。
「……おひさしぶりです。こちらには、どういったご用件で?」
ふだんは柔和なエルの声が、どこか硬い。抑揚もない。
そっとエルへ歩み寄る足を、思わず止めてしまった。
なぜなら、エルを取り巻く空間が、底冷えするくらい、冷え切っていたから。
「傷つき、不安な夜をすごすひとびとへ、神の祝福を授けに」
次にきこえたのは、若い男性の声だ。
「この世に神などいません」
「かつて神の御前にお仕えしていた者の言葉とは、思えないな」
「『仕えさせていた』の間違いでは?」
淡々と返すエルの言葉は、あからさまに刺々しい。
それは、ヴァンさんに対するものの比じゃない。明確な拒絶と、嫌悪感によるものだった。
ここまで来れば、エルと向き合った人物が歓迎されていないことは、いやでもわかる。
「あの男、神殿の関係者だね」
「神殿の……ですか?」
「そ。しかもあの純白の衣裳、大神官クラスだ。んー、顔がよく見えないな」
たしかに、庭園をいろどる薔薇のしげみに阻まれて、エルのすがたもよく見えない。
大神官らしき男性とエルが、なにをしているのか?
なりゆきを見守っていると、しばらくの沈黙があって、次に口をひらいたのは、くだんの男性だった。
「では、日をあらためてうかがうとしよう」
「また追い返されるとはお思いになりませんか?」
「思わないな。ひとびとはかならずや、神の慈悲を乞うだろう」
風が吹き、薔薇の葉がそよぐ。
「エリオル」
黙りこくるエルへ歩み寄った男性の顔が、あらわになった。
「…………え?」
そのとき、その瞬間。
見えた。見てしまった。エルと言葉を交わしていた男性の顔を。
「エリオル。ひとたび神へその身をささげたおまえは、すでにわが主のものだ。どこにいようと、神がさだめる運命からは逃れられない」
わたしの心臓は、バクバクバクと異様に加速をはじめる。
「──ッ!!」
とっさにローブのフードをまぶかにかぶり、後ずさっていた。
「リオちゃん? どうしたの?」
わたしの異変に気づいたヴァンさんが、心配そうに声をかけてくれる。
だけど皮肉なことに、そのやさしさが、わたしの望まない展開をまねいてしまう。
「……リオ? いたのですか?」
エルに、気づかれてしまった。
「ごめんなさい、朝のごあいさつにうかがえなくて……どうしたんですか、からだがふるえてます。具合が悪いのですか!?」
顔を隠したくらいじゃ、エルの目はごまかせなかった。
フードをにぎりしめた手がわずかにふるえていることすら気づかれて、血相を変えたエルが駆け寄ってくる。
「ヴァン、彼女になにかしたんじゃないでしょうね」
「濡れ衣だよ! ここに来るまでなんともなかったってば!」
「どうだか。……部屋まで送ります。今日は一日無理をしないで、休んでください。ね? リオ」
やわらかくほほ笑みながら肩を支えてくれるエルは、わたしの様子がおかしい本当の理由に気づかない。気づけるはずもないんだけど。
「…………『リオ』?」
エルの言葉に反応したのは、あの男性だ。
わたしは神殿なんか行ったことがなければ、大神官の知り合いもいない。
だけどわたしは、彼を知っている。そして、彼もまた。
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