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本編
*32* 修羅場なう
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「──というわけで、明日にはこの街を出て、ブルームへ向かうことになりました」
カフェテリアへ戻り、『ギルド認定薬術師』としての初仕事を受けたいきさつを、ノアに説明する。
「新しい街でお仕事だね。わかった、すぐに準備するよ。それはそうと」
ノアはひとつうなずいてから一変、キッと細めたサファイアの瞳を、わたしの隣へ向けた。
「なんで下の階に行って帰ってくるまでのあいだに、変な虫くっつけてきてるの」
「あ、あはは……これはちょっと、事情がありまして」
ノアのいう『変な虫』というのは、わたしと肩を並べた人影をさした言葉だ。
虫っていうより背後に薔薇とか咲かせてそうな、麗しいご尊顔の美青年なんですけどね。
「おや。いつの間にこんなぼうやまで手懐けたんです?」
ミルキーホワイトの髪に蜂蜜色の瞳と、甘い色合いをまとった美青年が、わたしに向かってきょとん、と首をかしげてみせた。
「なんかそれ、語弊がありますよ、エリオルさん……」
「またそんな他人行儀に。エル、でしょう?」
「めっちゃグイグイきますね、エル……」
「ふふっ、あなたと再会できてうれしいんですよ、リオ」
「だから、あんただれだよ! 気安くリオを呼ぶなっ! あっち行けっ!」
胸ぐらにつかみかかる勢いで詰め寄ってきたノアが、威嚇する。シャーッ! と全身の毛を逆立てた、黒猫みたいだ。
でも威嚇されたエルは、あわてずさわがない。
「それは無理なおねがいですね。今回のご依頼、僕も冒険者ギルドから協力要請を受けての同行になりますから」
「は? なに言ってんの。意味わかんない」
「リオの話をきいていませんでしたか? モンスターが出没するブルームに、冒険者ギルドは治療師を派遣しています。それに合わせて、僕たちは救援物資の輸送をしているんです」
「まて。それじゃあんた、もしかして」
ここまで説明されれば、ノアも理解したらしい。エルが、何者なのか。
「えぇ、わがカーリッド家は赤レンガ会──商団ギルドの、ちょっとしたえらいひとたちなんですよ。よくわかりましたね、ぼうや?」
「あのさぁ……こども扱いしないでくれる?」
エルがほほ笑むほどに、ノアの眉間のしわが深くなっていく。
……これは、たいへんなことになりそうだ。
* * *
エリオル・カーリッド。通称エル。
年はわたしのひとつ上で、十九歳だそう。
やわらかい乳白色の髪に、黄金の瞳。
優雅な仕草のひとつひとつに目が惹かれる、甘い顔立ちの美青年だ。
……娼館街の薄暗い路地裏で出会い、『キャンディ』をあげたあの日から、一ヶ月。
どこか冷めたまなざしをしていた彼に、この短いあいだで、一体なにが起こったんだろう。
「おむかえに上がりました。お手をどうぞ、レディ」
「はい、リオ。足もと気をつけてね」
冒険者ギルドでエルと再会した翌日、長らく滞在していた街を出る。
馬車に乗るとき、エル、ノアのふたりに手を差し出されたときは、どうしようかと思ったけど。
すみません、リオさん、ひとりで乗れます。
おむかえに来てくれた馬車は乗り心地最高なんだけど、居心地が悪くてしかたない。
なんていうか、いたるところに導火線が張り巡らされてるっていうか。
向かい合わせになったボックスシート。
わたしの隣には、エルを睨みつけているノア。
向かいには、終始にこやかでまったく動じていないエル。
イケメンふたりが、なぜかバチバチと争っている。
なんでこんなことに?
内心泣きそうな心境に耐えているうちに、おひさまがお空の高いところまでのぼっていた。
「うぇ……」
「リオ、つらそう……あのヘラヘラ男とおなじ空気吸ってたからだよね? 大丈夫?」
「いや、ちょっと酔っただけ……酔い止めもってるから、大丈夫だよ……」
天使みたいな悪魔のノアくんが、馬車を下りてうずくまるわたしの背を、心配そうにさすってくれる。
何気に辛辣な言葉を吐きますね。だれにとは言いませんが。
これが三日間続くんだってさ。わたし大丈夫? 耐えられる?
「馬車を止めてしまって、ごめんなさい……」
急いでブルームの街に向かわなきゃいけないのに、怪我人を治療するための薬術師がダウンとか、笑えない。これじゃあお荷物だ。
「気にしないで。慣れない馬車の旅なら、無理もないことです。休める場所をご用意しましょうね」
だけどエルは怒らない。それどころか、同行していた商団ギルドの部下さんたちにおねがいして、風通しのいい木陰近くに天幕を用意してくれたほどだ。
「ちょうどお昼どきです。馬たちもひと息つきたいでしょうから、ゆっくり休憩してくださいね」
ここまでしてくれたんだもん、断るのも失礼だよね。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
スープとパンで軽く昼食をとり、自作の酔い止めを飲んだあとは、天幕におじゃまして横になる。
一時間くらいは休んだかな。目が覚めると、ネイビーのローブにすっぽり包まれていた。
ぎゅっとハグするみたいに、ノアに添い寝されてたんだ。これには笑っちゃったよ。
「んん……リオ、元気になった……? よかったぁ」
ふにゃあ、とねぼすけスマイルの癒やし効果といったら。なんて有能な抱きまくらでしょう。
酔い止めがきいたのか、頭もすっきりだ。これなら、午後は大丈夫そう!
ぐぐ~っとのびをして、はりきって立ち上がろうとしたそのとき、ちょうど天幕の入り口を開けていたエルと目が合う。
「様子を見にきました。起きていたみたいですね。お加減はどうですか?」
「おかげさまでよくなりました! ご心配をおかけしちゃって……」
「いえいえ。休息も必要ですよ。これからまた出発しますが、その前に提案があります」
「は、はい、なんでしょう!」
思わずかまえてしまったわたしをよそに、にっこりと、そりゃあもうまぶしい笑顔を浮かべるエル。
「僕と馬に乗りましょうか、リオ」
「ふぇっ? なんでまた……」
「乗りましょうね、リオ」
「へい」
なんだろう。言葉遣いはすごくやさしいのに、有無を言わさぬ圧を、エルから感じた気がするのは。
答えは、はいかイエスしか許されていなかった。
カフェテリアへ戻り、『ギルド認定薬術師』としての初仕事を受けたいきさつを、ノアに説明する。
「新しい街でお仕事だね。わかった、すぐに準備するよ。それはそうと」
ノアはひとつうなずいてから一変、キッと細めたサファイアの瞳を、わたしの隣へ向けた。
「なんで下の階に行って帰ってくるまでのあいだに、変な虫くっつけてきてるの」
「あ、あはは……これはちょっと、事情がありまして」
ノアのいう『変な虫』というのは、わたしと肩を並べた人影をさした言葉だ。
虫っていうより背後に薔薇とか咲かせてそうな、麗しいご尊顔の美青年なんですけどね。
「おや。いつの間にこんなぼうやまで手懐けたんです?」
ミルキーホワイトの髪に蜂蜜色の瞳と、甘い色合いをまとった美青年が、わたしに向かってきょとん、と首をかしげてみせた。
「なんかそれ、語弊がありますよ、エリオルさん……」
「またそんな他人行儀に。エル、でしょう?」
「めっちゃグイグイきますね、エル……」
「ふふっ、あなたと再会できてうれしいんですよ、リオ」
「だから、あんただれだよ! 気安くリオを呼ぶなっ! あっち行けっ!」
胸ぐらにつかみかかる勢いで詰め寄ってきたノアが、威嚇する。シャーッ! と全身の毛を逆立てた、黒猫みたいだ。
でも威嚇されたエルは、あわてずさわがない。
「それは無理なおねがいですね。今回のご依頼、僕も冒険者ギルドから協力要請を受けての同行になりますから」
「は? なに言ってんの。意味わかんない」
「リオの話をきいていませんでしたか? モンスターが出没するブルームに、冒険者ギルドは治療師を派遣しています。それに合わせて、僕たちは救援物資の輸送をしているんです」
「まて。それじゃあんた、もしかして」
ここまで説明されれば、ノアも理解したらしい。エルが、何者なのか。
「えぇ、わがカーリッド家は赤レンガ会──商団ギルドの、ちょっとしたえらいひとたちなんですよ。よくわかりましたね、ぼうや?」
「あのさぁ……こども扱いしないでくれる?」
エルがほほ笑むほどに、ノアの眉間のしわが深くなっていく。
……これは、たいへんなことになりそうだ。
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エリオル・カーリッド。通称エル。
年はわたしのひとつ上で、十九歳だそう。
やわらかい乳白色の髪に、黄金の瞳。
優雅な仕草のひとつひとつに目が惹かれる、甘い顔立ちの美青年だ。
……娼館街の薄暗い路地裏で出会い、『キャンディ』をあげたあの日から、一ヶ月。
どこか冷めたまなざしをしていた彼に、この短いあいだで、一体なにが起こったんだろう。
「おむかえに上がりました。お手をどうぞ、レディ」
「はい、リオ。足もと気をつけてね」
冒険者ギルドでエルと再会した翌日、長らく滞在していた街を出る。
馬車に乗るとき、エル、ノアのふたりに手を差し出されたときは、どうしようかと思ったけど。
すみません、リオさん、ひとりで乗れます。
おむかえに来てくれた馬車は乗り心地最高なんだけど、居心地が悪くてしかたない。
なんていうか、いたるところに導火線が張り巡らされてるっていうか。
向かい合わせになったボックスシート。
わたしの隣には、エルを睨みつけているノア。
向かいには、終始にこやかでまったく動じていないエル。
イケメンふたりが、なぜかバチバチと争っている。
なんでこんなことに?
内心泣きそうな心境に耐えているうちに、おひさまがお空の高いところまでのぼっていた。
「うぇ……」
「リオ、つらそう……あのヘラヘラ男とおなじ空気吸ってたからだよね? 大丈夫?」
「いや、ちょっと酔っただけ……酔い止めもってるから、大丈夫だよ……」
天使みたいな悪魔のノアくんが、馬車を下りてうずくまるわたしの背を、心配そうにさすってくれる。
何気に辛辣な言葉を吐きますね。だれにとは言いませんが。
これが三日間続くんだってさ。わたし大丈夫? 耐えられる?
「馬車を止めてしまって、ごめんなさい……」
急いでブルームの街に向かわなきゃいけないのに、怪我人を治療するための薬術師がダウンとか、笑えない。これじゃあお荷物だ。
「気にしないで。慣れない馬車の旅なら、無理もないことです。休める場所をご用意しましょうね」
だけどエルは怒らない。それどころか、同行していた商団ギルドの部下さんたちにおねがいして、風通しのいい木陰近くに天幕を用意してくれたほどだ。
「ちょうどお昼どきです。馬たちもひと息つきたいでしょうから、ゆっくり休憩してくださいね」
ここまでしてくれたんだもん、断るのも失礼だよね。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
スープとパンで軽く昼食をとり、自作の酔い止めを飲んだあとは、天幕におじゃまして横になる。
一時間くらいは休んだかな。目が覚めると、ネイビーのローブにすっぽり包まれていた。
ぎゅっとハグするみたいに、ノアに添い寝されてたんだ。これには笑っちゃったよ。
「んん……リオ、元気になった……? よかったぁ」
ふにゃあ、とねぼすけスマイルの癒やし効果といったら。なんて有能な抱きまくらでしょう。
酔い止めがきいたのか、頭もすっきりだ。これなら、午後は大丈夫そう!
ぐぐ~っとのびをして、はりきって立ち上がろうとしたそのとき、ちょうど天幕の入り口を開けていたエルと目が合う。
「様子を見にきました。起きていたみたいですね。お加減はどうですか?」
「おかげさまでよくなりました! ご心配をおかけしちゃって……」
「いえいえ。休息も必要ですよ。これからまた出発しますが、その前に提案があります」
「は、はい、なんでしょう!」
思わずかまえてしまったわたしをよそに、にっこりと、そりゃあもうまぶしい笑顔を浮かべるエル。
「僕と馬に乗りましょうか、リオ」
「ふぇっ? なんでまた……」
「乗りましょうね、リオ」
「へい」
なんだろう。言葉遣いはすごくやさしいのに、有無を言わさぬ圧を、エルから感じた気がするのは。
答えは、はいかイエスしか許されていなかった。
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