20 / 100
本編
*19* 悪夢から醒めるとき ノアSide
しおりを挟む
「神殿の彼奴らが、聖女をかどわかした悪魔を血眼になってさがしておるようだ」
「……そうですか」
ある夜、なんだか目が冴えて、ベッドから起き出した。
いつも添い寝してくれているはずの父さんがいなくて、寝室から抜け出したら……みつけた。
蝋燭の明かりがゆらめくテーブルで、女のひとと向かい合っていた。『えらいひと』だ。
彼女のうしろには、付き人の女性が控えていた。
「クロウよ。一族のためを思うならば、そなたのすべきことは心得ておるな」
「なにをおっしゃっているのか、わかりませんね」
「息子を差し出すのだ。半分は聖女の血を引いている。連中も殺しまではせんだろう」
「ノアに、次世代の聖女を産ませるための種馬になれと? ──冗談もほどほどにしていただきたい」
思わず悲鳴をあげそうになって、なんとかこらえた。
こんなにもぞっとする……怒った父さんの声を、聞いたことがなかったからだ。
「ノアは僕の息子です。こどもを産ませる道具ではありません」
「言ってくれるじゃないの……七つにもなって性徴のない落ちこぼれの使い道なんて、それくらいしかないのに!」
「アドリーシャ、聞こえなかったか。ノアは道具じゃない。『使い道』だなんて言葉は適切じゃない。それがわからないようなら、僕と君は一生わかり合えない」
「あり得ない……あなたこそ異常よ、クロウ……たかだか人間の女を、それもたったひとりを愛するなんて、はしたないわ!」
「僕のことならなんとでも。でも、彼女とノアのことを悪く言うようなら、ただじゃおかないよ」
「っ……堕ちるところまで、堕ちたわね……好きにすればいいわ!」
夜を引き裂くような金切り声に、父さんは動じない。
俺とおなじサファイアの瞳で、向き合ったふたりを、じっと見据えるだけだ。
「聖女を手篭めにしたのは評価するが……能天気に子育てをしている場合ではないぞ。われら一族は男が産まれにくい。くわえて、女も子を孕みにくくなった。そなたが種をまかなければ、遅かれ早かれ、一族は滅ぶ」
「滅ぶか、滅ぼされるか、ですか。望むところですよ。結末ってやつを、見届けてやります」
「女とまぐわって英気をやしなえば、そなたひとりで、神殿の彼奴らを皆殺しにできように」
「いまは亡き彼女への裏切り行為です。いかなる理由があろうとも、不義密通はいたしません」
「……酔狂なことよの」
「おかまいなく。ノアは、僕が守ります」
父さんがなにを話しているのか、なにが起きようとしているのか、こどもの俺にはわからなかった。
……無知で無力な俺は、いそいでベッドに戻って、なにも見なかったフリをすることしか、できなかったんだ。
* * *
「──見つけたぞ! 聖女さまを慰みものにした悪魔め! 死をもって償うがいい!」
それから数ヶ月後、平和だった日々が突然壊される。
あたり一面は、赤、赤、赤。
「走れっ、ノア!」
「おとうさん! やだ……やだぁ!」
どす黒い煙の立ちこめる夜を、血のように真っ赤な炎が煌々と照らしている。
どんなに泣きじゃくって、すがりついても、父さんは声を張り上げて、俺を引き離そうとするんだ。
「行きなさい! 絶対に、立ち止まるな!」
「おとうさん、いやだ、おとうさぁあんっ!」
突き飛ばされるようにして、訳もわからず泣き叫びながら、がむしゃらに走り出す。
「立ち止まるな……どんなに辛くて、苦しくても、諦めるな。『悪魔』じゃなくて、ノアのことを見てくれるひとが、きっといるから……」
大好きな笑顔を、真っ赤な怪物が飲み込んでゆく。
なにもかもを失ったあの夜のことを、何度も何度も、夢に見る。
俺が産まれたときから独りだったなら、こんなに哀しいことはなかっただろう。
物心ついたときから理不尽の中にいたなら、感情というものに乱されることはなかっただろう。
「負けるな。幸せに、なるんだよ……ノア。愛してる……」
……愛されたから、独りでいるのが、死にたくなるくらいに寂しいんだ。
この心のすきまを、一体だれが埋めてくれる……?
いや、そんな存在なんか、現れるわけない……
「きみ、こんなとこで寝てたら風邪引くぞ? 起きろー、おーい」
現れるわけ、なかったのに。
きみは、落ちこぼれで独りぼっちの俺を、見つけてくれたよね。
「……そうですか」
ある夜、なんだか目が冴えて、ベッドから起き出した。
いつも添い寝してくれているはずの父さんがいなくて、寝室から抜け出したら……みつけた。
蝋燭の明かりがゆらめくテーブルで、女のひとと向かい合っていた。『えらいひと』だ。
彼女のうしろには、付き人の女性が控えていた。
「クロウよ。一族のためを思うならば、そなたのすべきことは心得ておるな」
「なにをおっしゃっているのか、わかりませんね」
「息子を差し出すのだ。半分は聖女の血を引いている。連中も殺しまではせんだろう」
「ノアに、次世代の聖女を産ませるための種馬になれと? ──冗談もほどほどにしていただきたい」
思わず悲鳴をあげそうになって、なんとかこらえた。
こんなにもぞっとする……怒った父さんの声を、聞いたことがなかったからだ。
「ノアは僕の息子です。こどもを産ませる道具ではありません」
「言ってくれるじゃないの……七つにもなって性徴のない落ちこぼれの使い道なんて、それくらいしかないのに!」
「アドリーシャ、聞こえなかったか。ノアは道具じゃない。『使い道』だなんて言葉は適切じゃない。それがわからないようなら、僕と君は一生わかり合えない」
「あり得ない……あなたこそ異常よ、クロウ……たかだか人間の女を、それもたったひとりを愛するなんて、はしたないわ!」
「僕のことならなんとでも。でも、彼女とノアのことを悪く言うようなら、ただじゃおかないよ」
「っ……堕ちるところまで、堕ちたわね……好きにすればいいわ!」
夜を引き裂くような金切り声に、父さんは動じない。
俺とおなじサファイアの瞳で、向き合ったふたりを、じっと見据えるだけだ。
「聖女を手篭めにしたのは評価するが……能天気に子育てをしている場合ではないぞ。われら一族は男が産まれにくい。くわえて、女も子を孕みにくくなった。そなたが種をまかなければ、遅かれ早かれ、一族は滅ぶ」
「滅ぶか、滅ぼされるか、ですか。望むところですよ。結末ってやつを、見届けてやります」
「女とまぐわって英気をやしなえば、そなたひとりで、神殿の彼奴らを皆殺しにできように」
「いまは亡き彼女への裏切り行為です。いかなる理由があろうとも、不義密通はいたしません」
「……酔狂なことよの」
「おかまいなく。ノアは、僕が守ります」
父さんがなにを話しているのか、なにが起きようとしているのか、こどもの俺にはわからなかった。
……無知で無力な俺は、いそいでベッドに戻って、なにも見なかったフリをすることしか、できなかったんだ。
* * *
「──見つけたぞ! 聖女さまを慰みものにした悪魔め! 死をもって償うがいい!」
それから数ヶ月後、平和だった日々が突然壊される。
あたり一面は、赤、赤、赤。
「走れっ、ノア!」
「おとうさん! やだ……やだぁ!」
どす黒い煙の立ちこめる夜を、血のように真っ赤な炎が煌々と照らしている。
どんなに泣きじゃくって、すがりついても、父さんは声を張り上げて、俺を引き離そうとするんだ。
「行きなさい! 絶対に、立ち止まるな!」
「おとうさん、いやだ、おとうさぁあんっ!」
突き飛ばされるようにして、訳もわからず泣き叫びながら、がむしゃらに走り出す。
「立ち止まるな……どんなに辛くて、苦しくても、諦めるな。『悪魔』じゃなくて、ノアのことを見てくれるひとが、きっといるから……」
大好きな笑顔を、真っ赤な怪物が飲み込んでゆく。
なにもかもを失ったあの夜のことを、何度も何度も、夢に見る。
俺が産まれたときから独りだったなら、こんなに哀しいことはなかっただろう。
物心ついたときから理不尽の中にいたなら、感情というものに乱されることはなかっただろう。
「負けるな。幸せに、なるんだよ……ノア。愛してる……」
……愛されたから、独りでいるのが、死にたくなるくらいに寂しいんだ。
この心のすきまを、一体だれが埋めてくれる……?
いや、そんな存在なんか、現れるわけない……
「きみ、こんなとこで寝てたら風邪引くぞ? 起きろー、おーい」
現れるわけ、なかったのに。
きみは、落ちこぼれで独りぼっちの俺を、見つけてくれたよね。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる