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本編
*2* お菓子配りの魔女
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人は十日食べなくても案外へいきだけど、三日寝ないと生きていけないらしい。
じゃあ、季節外れの嵐がやっと過ぎ去った五日目の朝をむかえるわたしは、超人だ。
みんなに自慢してまわってもいいくらい。いや、自慢するような友だちもいないけど。
「……あっ! あっ、あ、あんっ!」
んで、そんなわたしの今現在はというと、薄暗い夜明けの街で立ちすくんでいた。虚無顔で、だ。
(やっちまった。そりゃ、近道をしようとしたわたしが悪いんだけども)
多くの娼館が軒をつらねるこの街に、昼も夜も関係ない。
とくに獰猛なモンスターは夜行性なことが大半なので、ハントクエスト帰りの血気盛んな冒険者たちが欲のはけ口をさがして闊歩するのは、昼間のほうが多いくらいだ。
で、なにが言いたいのかっていうと、どんな時間帯であれ、軽率に近道をえらんじゃいけないってことだ。
盛大にヤッている場面にエンカウントすることが、少なくないので。
「あんっ、イイ、イイわぁ……夫よりすごぉい……あぁんっ!」
路地裏へ一歩足を踏み入れれば、そこはドぎついピンクな光景。
レンガ造りの壁に押しつけられたどこぞのご婦人が、後ろから突かれて喘ぎまくっている。
人妻・不倫・NTRプレイか。マジでやめてくれよ。べつに観たくもないAVを予告なしにハイビジョンフルスクリーンで放映された気分だ。
よし、見なかったことにしよう。
思い出したように痛む頭をおさえながら、そっと立ち去ろうとするけど、遅かった。
喘ぎ狂うご婦人を後ろから淡々と揺さぶっていた青年が、ふと動きをとめる。
未明の薄暗い路地裏で、猫のように輝く蜂蜜色の眼光が、わたしをとらえた。
「……次は、あなたが僕を買ってくれるんですか?」
んなアホな。
脳内でツッコミを入れるわずかな間に、ぐらっと揺らぐ視界。
ご婦人をはなした青年が、あっという間に距離をつめ、するりと腕を腰にからめてきたんだ。
ずるずると崩れ落ちたご婦人は白目を剥き、いわゆるアヘ顔で「アッ、アッ……」とよだれをこぼしていた。ご愁傷さまです、いろいろと。
そんなご婦人のことなんかもう眼中にないのか、わたしの腰をなぞるなんとも不穏な手つきの青年へ、意識をもどす。
「ごめんなさい、間に合ってます」
「……安くしますよ?」
「あのねぇ、そういうことが言いたいんじゃないの」
こんな路地裏で商売をしているくらいだ。見つけた金づるを逃したくないんだろうけど。
「じぶんを安売りしちゃダメってこと」
わたしを拘束した青年の呼吸が、はた、と止まる。
その隙に腕を抜け出し、つかむものを見失った青年の右手へ、左腕に提げたバスケットから取り出したものをにぎらせた。
そこでようやく青年の蜂蜜色の瞳が、ぱちりとまばたきをした。
「男娼にキャンディをわたす、黒いローブの魔術師……まさか、『お菓子配りの魔女』ですか?」
「やだ、そんな風に呼ばれてるの? わたし」
ここで仕事をはじめて、それなりになる。
今日みたいに『お誘い』をかわす理由と個人的な趣味ではじめた『お菓子配り』だけど、そんな通り名がついていたとは。
「でもまぁ、それなら詳しい説明はいらないね。見たところ肌に発疹もないし……そのキャンディ、忘れずに舐めてくださいね。そしたら大丈夫なので」
さっと視診をすませ、さっき強引に抱き寄せられたときにできたローブのしわを、なでて伸ばす。
「ちょっと遠いけど、ここから西へ行った三番街のはずれにきれいな小川があるから、サッパリできますよ。あぁそれと──あなた、前髪を切ったら人気者になるかも」
「え……あのっ!」
「ではでは」
ひらりと右手を振って、ローブをひるがえす。
青年が追ってくることは、なかった。
じゃあ、季節外れの嵐がやっと過ぎ去った五日目の朝をむかえるわたしは、超人だ。
みんなに自慢してまわってもいいくらい。いや、自慢するような友だちもいないけど。
「……あっ! あっ、あ、あんっ!」
んで、そんなわたしの今現在はというと、薄暗い夜明けの街で立ちすくんでいた。虚無顔で、だ。
(やっちまった。そりゃ、近道をしようとしたわたしが悪いんだけども)
多くの娼館が軒をつらねるこの街に、昼も夜も関係ない。
とくに獰猛なモンスターは夜行性なことが大半なので、ハントクエスト帰りの血気盛んな冒険者たちが欲のはけ口をさがして闊歩するのは、昼間のほうが多いくらいだ。
で、なにが言いたいのかっていうと、どんな時間帯であれ、軽率に近道をえらんじゃいけないってことだ。
盛大にヤッている場面にエンカウントすることが、少なくないので。
「あんっ、イイ、イイわぁ……夫よりすごぉい……あぁんっ!」
路地裏へ一歩足を踏み入れれば、そこはドぎついピンクな光景。
レンガ造りの壁に押しつけられたどこぞのご婦人が、後ろから突かれて喘ぎまくっている。
人妻・不倫・NTRプレイか。マジでやめてくれよ。べつに観たくもないAVを予告なしにハイビジョンフルスクリーンで放映された気分だ。
よし、見なかったことにしよう。
思い出したように痛む頭をおさえながら、そっと立ち去ろうとするけど、遅かった。
喘ぎ狂うご婦人を後ろから淡々と揺さぶっていた青年が、ふと動きをとめる。
未明の薄暗い路地裏で、猫のように輝く蜂蜜色の眼光が、わたしをとらえた。
「……次は、あなたが僕を買ってくれるんですか?」
んなアホな。
脳内でツッコミを入れるわずかな間に、ぐらっと揺らぐ視界。
ご婦人をはなした青年が、あっという間に距離をつめ、するりと腕を腰にからめてきたんだ。
ずるずると崩れ落ちたご婦人は白目を剥き、いわゆるアヘ顔で「アッ、アッ……」とよだれをこぼしていた。ご愁傷さまです、いろいろと。
そんなご婦人のことなんかもう眼中にないのか、わたしの腰をなぞるなんとも不穏な手つきの青年へ、意識をもどす。
「ごめんなさい、間に合ってます」
「……安くしますよ?」
「あのねぇ、そういうことが言いたいんじゃないの」
こんな路地裏で商売をしているくらいだ。見つけた金づるを逃したくないんだろうけど。
「じぶんを安売りしちゃダメってこと」
わたしを拘束した青年の呼吸が、はた、と止まる。
その隙に腕を抜け出し、つかむものを見失った青年の右手へ、左腕に提げたバスケットから取り出したものをにぎらせた。
そこでようやく青年の蜂蜜色の瞳が、ぱちりとまばたきをした。
「男娼にキャンディをわたす、黒いローブの魔術師……まさか、『お菓子配りの魔女』ですか?」
「やだ、そんな風に呼ばれてるの? わたし」
ここで仕事をはじめて、それなりになる。
今日みたいに『お誘い』をかわす理由と個人的な趣味ではじめた『お菓子配り』だけど、そんな通り名がついていたとは。
「でもまぁ、それなら詳しい説明はいらないね。見たところ肌に発疹もないし……そのキャンディ、忘れずに舐めてくださいね。そしたら大丈夫なので」
さっと視診をすませ、さっき強引に抱き寄せられたときにできたローブのしわを、なでて伸ばす。
「ちょっと遠いけど、ここから西へ行った三番街のはずれにきれいな小川があるから、サッパリできますよ。あぁそれと──あなた、前髪を切ったら人気者になるかも」
「え……あのっ!」
「ではでは」
ひらりと右手を振って、ローブをひるがえす。
青年が追ってくることは、なかった。
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