遠雷の唄

はーこ

文字の大きさ
上 下
7 / 9

第7話 そよ風の吹く場所

しおりを挟む
 青い海と白い砂浜を一望できる、小高い場所。
 そよ風が吹き抜ける島のはずれに、美波みなみはいた。
 冷たい石になって、そこにいた。

「……なん、で」

 屋根のある亀甲墓きっこうばかの前で、呆然と立ち尽くす。

「ひと月前、急に倒れた。……悪性リンパ腫でな。それからはもう……早かった」
「うそだ、そんなこと、俺にはひと言も……」
「アラシには黙っといてくれ、足枷になりたくないって、聞かんくてな……」
「うそやろぉっ、みなぁっ!」

 美波が俺を冷たく引き離した理由。
 それは、俺に未練を感じさせないためだったんだ。
 死期を悟ったあいつが、俺の幸せを願って……

「死んだらダメだって、お前が言ったんやろが……こんなの、こんなのあんまりやろ!」

 ──別れよう。

 病床のお前がどんな気持ちでそう言葉にしたのか、俺は、知りもしないで……
 お前が俺の足枷とか、重荷になるわけがないのに!

「美波っ、みなぁ…………ぁああぁあああッ!!」

 恋人の墓の前で崩れ落ち、半狂乱になって頭を掻きむしる。

 入道雲のかかる夏の空。
 いつもいっしょに見上げた青空のもとに、お前だけがいない。


  *  *  *


「アーちゃん、いいかい?」

 それから何日、亡霊のようにすごしただろう。
 自室に引きこもる俺を見かねて、おばぁがやってきた。
 美波の三線と、あの譜面を手にしている。俺を元気づけようとしてくれてるんだろう。

「……悪い、おばぁ。それ、しまっといてくれ」

 美波がいない。死んでしまった。
 そんな状況で、美波を思い出させる遺品ものを目にするのは、苦痛でしかない。

「おばぁね、むかしは学校の先生で、国語を教えるのが得意だったんさぁ」

 それでも、おばぁは部屋を出ていこうとしない。
 脈絡もない話を、俺にふってくる。

「……知ってるけど?」
「『厭恋えんれんの唄』──『いとう』って読んだらね、『恋を嫌う』って意味になる。でもねアーちゃん、『えん』って字には、もひとつ違う意味があるんだよ」

 ハッとした。
 おばぁが、なにを俺につたえようとしているのか。
 聞くのが怖い……でも。

「『おさえつける』って、意味さ」

 おさえつける……。つまり。

「これはね、アーちゃんに気持ちをつたえたくてもつたえられなかったミナちゃんが、床に伏せながら、つくった唄さぁ」

 譜面を受け取った俺は、なにかに突き動かされるように、それを裏返した。


 ──会いたいや。
 ──君に、会いたいや。


 見慣れた字で記された、たったのふた言。
 とたん、あいつの笑顔が、声が蘇る。

「は……ははっ……」

 わらいがこぼれる。
 視界が、にじむ。

 悲観してばかりで、俺はなんてかん違いをしていたのか。
 これは美波が、あふれる想いを閉じ込めた唄だったんだ。

「……なぁ、おばぁ」
「んー?」
「俺に……三線、教えてくれん?」

 そういうと、おばぁは、

工工四クンクンシー。まずは、譜面の読み方からやろうねぇ」

 って、くしゃっと笑った。


  *  *  *


 もともと、結婚を機に、こっちに腰を据えるつもりで準備してきた。東京に戻るつもりはない。
 おばぁに三線を習いはじめてから、しばらく。

「なぁおばぁ。この曲、『うた』なのに歌詞がないな?」

 人並みに三線を弾けるようになって、ふと疑問に感じたことだ。

「そう思うかい? じゃあ、アーちゃんはどうしたい?」

 これは、かけがえのない彼女が、最期にのこした唄だ。

「俺は──」
 
 万年筆を手に取る。
 迷いはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...