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第1章『リンゴンの街編』
第9話 ゴミ捨て場のスライム
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クリベリン夫人に案内されたのは、2階のいちばん奥にある、薄暗い物置部屋だった。
「こちらざますわ。ほら、そこに転がっているでしょう?」
入り口のすぐ右手側、壁にあるスイッチをオンにすると、組み込まれた魔法仕掛けが発動して、天井からぶら下がるランプにボッとあかりを灯した。
クリベリン夫人が扇子で指し示した先、明るくなった物置部屋のすみっこに目をこらしてみると、青い半透明ゼリー状のものが、ほこりっぽい床にべちゃあっとくっついている。
なにが起きているのか、一瞬わからなかった。
「……ビィィ」
「きみ、大丈夫!?」
弱々しい鳴き声が聞こえた次の瞬間、ハッとわれに返って駆け寄った。
「では、おまかせするざますわよ? アタクシ、これから外出いたしますの。子供のお誕生日なので、ショッピングのお約束をしていますの」
「ショッピングって……あの、夫人!」
「必要なものがあれば、メイドにお申しつけくださいませ。はじめに申し上げたとおり、お好きなようにしていただいてかまいません。なにが起きても責任を追及することはないと、お約束するざます」
クリベリン夫人は言うだけ言って、ドレスのすそをひるがえしていった。
あとには、シンと静まり返った物置部屋に、僕たちが取り残されるだけで。
「シュシュさん、この子……っ!」
「いいです、わかってます」
シュシュさんは僕が訴えたいことをすぐに理解してくれたのか、歩み寄ってくると、となりにしゃがみ込んだ。
「みせてください」
僕はうなずいて、両手で床からすくい上げた『スライム』を、シュシュさんへあずける。
ゼリー状のからだにはほこりがからみついていて、水分をうしない、カピカピに乾いているところさえある。
ゼリー質の中心に卵くらいの白い球体が見えて、そこにつぶらな瞳とちいさな口があった。間近で見たことがないんだけど、これが『スライム』の本体ってやつなのかな。
「……ケフッ、ケフッ……ンビィ」
『スライム』はほこりまみれのからだをふるわせ、空咳をくり返していた。
たまにひらかれるつぶらな瞳もショボショボとしていて、焦点が合っていない。
「こんなに苦しんでるのに、ショッピングだなんて……この子をお医者さんにつれて行くのが先じゃないんですか!」
「一応つれて行ったんだと思いますよ。でも、どうにもできなかった。だから、シュシュたちを呼んだんでしょう」
「どういう、ことですか……?」
「ソラくん、シュシュのお仕事は、モンスターのお世話全般です。それはごはんやおさんぽだけじゃない。『最期のお世話』も含まれます」
「なっ……!」
「廊下にやたらとお花があったのは、『そういう意味』だと邪推してしまいますね」
絶句する僕をよそに、シュシュさんは落ち着いていた。
「もちろん、『最期のお世話』が嫌なわけではありません。でも……これは酷いです。あんまりです」
いや、違う。
かすかにだけど、声がふるえてる。
シュシュさんは怒ってるんだ。それを、必死に抑えようとしてる。
「こうしちゃおれませんね。ついてきて」
「もちろんです!」
『スライム』を手のひらでつつみ込んだまま駆け出したシュシュさんのあとを追って、僕も物置部屋を飛び出す。
「そこのアナタ!」
「は、はいっ! なにかご用でしょうか……?」
シュシュさんがまず起こした行動は、メイドさんを呼びとめること。
「ききたいことがあります。こちらの『スライム』ちゃんについて、どんなささいなことでもいいです、知っているヒトを全員つれてきてください。全員、大至急、です」
これからどうなるんだろう?
間に合うのかな?
ううん、不安な気持ちに負けちゃだめだ。
大丈夫、シュシュさんがいるんだから。
だから、僕もできることをするんだ。
「こちらざますわ。ほら、そこに転がっているでしょう?」
入り口のすぐ右手側、壁にあるスイッチをオンにすると、組み込まれた魔法仕掛けが発動して、天井からぶら下がるランプにボッとあかりを灯した。
クリベリン夫人が扇子で指し示した先、明るくなった物置部屋のすみっこに目をこらしてみると、青い半透明ゼリー状のものが、ほこりっぽい床にべちゃあっとくっついている。
なにが起きているのか、一瞬わからなかった。
「……ビィィ」
「きみ、大丈夫!?」
弱々しい鳴き声が聞こえた次の瞬間、ハッとわれに返って駆け寄った。
「では、おまかせするざますわよ? アタクシ、これから外出いたしますの。子供のお誕生日なので、ショッピングのお約束をしていますの」
「ショッピングって……あの、夫人!」
「必要なものがあれば、メイドにお申しつけくださいませ。はじめに申し上げたとおり、お好きなようにしていただいてかまいません。なにが起きても責任を追及することはないと、お約束するざます」
クリベリン夫人は言うだけ言って、ドレスのすそをひるがえしていった。
あとには、シンと静まり返った物置部屋に、僕たちが取り残されるだけで。
「シュシュさん、この子……っ!」
「いいです、わかってます」
シュシュさんは僕が訴えたいことをすぐに理解してくれたのか、歩み寄ってくると、となりにしゃがみ込んだ。
「みせてください」
僕はうなずいて、両手で床からすくい上げた『スライム』を、シュシュさんへあずける。
ゼリー状のからだにはほこりがからみついていて、水分をうしない、カピカピに乾いているところさえある。
ゼリー質の中心に卵くらいの白い球体が見えて、そこにつぶらな瞳とちいさな口があった。間近で見たことがないんだけど、これが『スライム』の本体ってやつなのかな。
「……ケフッ、ケフッ……ンビィ」
『スライム』はほこりまみれのからだをふるわせ、空咳をくり返していた。
たまにひらかれるつぶらな瞳もショボショボとしていて、焦点が合っていない。
「こんなに苦しんでるのに、ショッピングだなんて……この子をお医者さんにつれて行くのが先じゃないんですか!」
「一応つれて行ったんだと思いますよ。でも、どうにもできなかった。だから、シュシュたちを呼んだんでしょう」
「どういう、ことですか……?」
「ソラくん、シュシュのお仕事は、モンスターのお世話全般です。それはごはんやおさんぽだけじゃない。『最期のお世話』も含まれます」
「なっ……!」
「廊下にやたらとお花があったのは、『そういう意味』だと邪推してしまいますね」
絶句する僕をよそに、シュシュさんは落ち着いていた。
「もちろん、『最期のお世話』が嫌なわけではありません。でも……これは酷いです。あんまりです」
いや、違う。
かすかにだけど、声がふるえてる。
シュシュさんは怒ってるんだ。それを、必死に抑えようとしてる。
「こうしちゃおれませんね。ついてきて」
「もちろんです!」
『スライム』を手のひらでつつみ込んだまま駆け出したシュシュさんのあとを追って、僕も物置部屋を飛び出す。
「そこのアナタ!」
「は、はいっ! なにかご用でしょうか……?」
シュシュさんがまず起こした行動は、メイドさんを呼びとめること。
「ききたいことがあります。こちらの『スライム』ちゃんについて、どんなささいなことでもいいです、知っているヒトを全員つれてきてください。全員、大至急、です」
これからどうなるんだろう?
間に合うのかな?
ううん、不安な気持ちに負けちゃだめだ。
大丈夫、シュシュさんがいるんだから。
だから、僕もできることをするんだ。
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