【R18】たまゆらの花篝り〜風雷の香〜

はーこ

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本編

新たな芽吹き㈢

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 ──さらり。

 穂花ほのかは、琥珀の双眸を見開く。
 緋色の猫っ毛の、頬を擽る感触に。しっとりと吸いついた薄い唇の、存外やわらかなことに。

「……んっ……」

 口づけを、されている。
 遅ればせながら理解に至った穂花だが、吐息が咽頭に逆戻るのみで、真意を問うことは叶わない。

「ん……ダメじゃない、あんまり僕の思い通りの反応しちゃ」
「そ、んなこと、言われたって! いきなりキ、キスはひどい! 誰かに見られたらどうするの!」
「ははっ、うぶだね。僕たち、もっと恥ずかしいこと、してるのになぁ?」
「ストップストップ、ストーップ! それ以上はダメーっ!」

 決死の思いで制止にかかる。
 それさえも頬笑みながら眺める綺羅きらがどこまで反省しているかは、考えるだけ無駄かもしれない。

「見せつけとけばいいんだよ。誤解させとけばいい。きみと僕が恋人だってね」
「なに言ってるのかな? 私ちょっとわからないなぁ!」
「『教師と生徒』だから格好の餌食になる。『生徒と生徒』なら、まぁよくてそこそこの味でしょ。人間の好奇心とは、ひとときの退屈を潤すものだ。そのうちに、より好みの話題に食いついていくさ」
「それって……」

 つまり綺羅は、自分たちが好き合っているという演出をすれば、穂花と朔馬さくまに向けられている『目』を、緩和できる、そう言っている。

「それが、僕を利用しなよってこと。きみにはその術と、権利がある。いいかい、きみは天孫。きみの為すことは、すべてが是だ」

 ──もっと他人を利用したほうがいいよ。

 脈絡のなかった発言が、ここに繋がる。

「同じ生徒なら、オモイカネさんって線もなくはないけど、そこは僕を選んでほしいな」
「どうして……?」

 返事は、ない。ただ静かに笑みを深めた綺羅に、右手を取られる。
 そうして視線を落とされた手の甲に、そっと、口づけられる。

 ……どくん。

 脈打ったのは、この身体にある心臓か。
 すぐに理解できないほど、自分の身体が自分のものではないようだった。

 こんなの、知らない。こんな、おとぎ話の王子様に跪かれる、お姫様のような心地は。
 
 一瞬のようにも、永遠のようにも感じられるその最中で、微かに空気が震えた。
 いままさに己を苛む少年が、笑みをこぼしたがために。

「やればできるもんだね。さすが僕」
「何が……?」

 手の甲にふれていた熱が離れる。
 見てごらん、と言われるがままに視線を落として、それから。

「え──」

 絶句した。

 嘘でしょ、こんなこと……そんな現実逃避は、いまや無意味だ。

 綺羅の口づけた右手の甲に、黄色の蕾がふくらんでいる。その事実だけが、意味を持つ。

「綺羅くんっ!」
「僕だってね、ただ意味もなく遅刻してきたわけじゃないよ。下界へ降りる前に、タカミムスビ様にお願いしてきた。僕も、天孫を巡る誓約うけいに、参加させてくださいってね」
「そんなっ……」
「そのためには、きみとの繋がりが必要不可欠だった。だから、てっとり早く僕の血を飲ませたんだよ。きみの中に、僕の神気を刻んだ」

 すらすらと紡がれる言葉は、清流のように一切の淀みがない。
 故にこそ、綺羅の行動の異様さが、鮮烈なまでに背筋を貫いたのだ。

「これがどういうことか、わかってるの!? 一歩間違えたら、死んじゃうんだよ!」
「承知の上だ」

 思わず声を荒らげた穂花とは対照的に、綺羅の返答は凪いでいた。
 
「我が名は、雷の武神、タケミカヅチ。死すらも、この心を乱すことはできない。そう、何人たりとも──きみという最愛を、失うこと以外は」
「おかしいよ、こんなの……」
「そうだね、どうかしてる。恋ってそういうもんでしょ。諦めて」

 すげなく一刀両断しておきながら、にわかに抱き寄せた華奢な腕は、苦しいくらいに力強かった。幾ら泣き叫んでも、離してはくれないだろう。

「でも、これだけは忘れないで、ほのちゃん。この誓約はもう、不毛な死合しあいじゃない。殺し合うことが、僕らの目的じゃないんだ」

 椿が咲いた。白菊が咲いた。
 青い花は、まだ蕾んだままだけれど……

「きみの慈悲が、愛が欲しい。そのためには命さえ懸けて、全身全霊できみを愛するという意思表示。証なのさ」

 つと、視線を上げる。夜空の双眸に浮かんだ稲妻が、煌々と己を捉えている。

「刹那に燃え上がった情愛は、永久に尽きることはない──さぁ、こころを響かせ、奏で合おうか」

 今一度、蕾にふれるぬくもり。

 あぁ……どうしたって、逃げられない。
 稲妻に、撃ち抜かれてしまったのだから。

「きっと灯してみせよう、たまゆらの花篝りを」
 
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