41 / 61
本編
緋を駆ける竜㈡
しおりを挟む
「へぇ、神体になったか。とっさの判断にしてはやるじゃん。いくら神気に耐性のある魂依代だからって、人の身にコレはキツイだろうからね」
「あ……貴方様、は」
なんとか声を絞り出しながら、やっとの思いで首を持ち上げる。
問うたところで、ぺらぺらと饒舌に語る少年が誰なのか、同定はできずとも、想定はできた。
――あり得ない。国津神では到底あり得ない。この濃密な神気は。
「……天津神様が、何故、下界に」
「並々ならぬ事情があってね。ごめんね。誰なんだっていうきみの疑問には、答えられない。僕もそれなりに名が知れているらしいから、うかつに言霊にするのは、ちょっとね。きみも、名を握られないように気をつけなよ、コノハナサクヤヒメ」
もう一度呼ばれ、フッと、嘘のように身体を支配していた重力が消える。
呼吸も、水面に顔を出したかのような解放感。ここまで来れば、もう状況を理解するに至っていた。
名を言霊によって縛られていたのだ。
それは、相手を凌ぐ力量を持ち合わせていなければ、成し得ない業。
「今日は忠告に来た。〝カムガリ〟に気をつけることだ」
「〝カムガリ〟……ですか?」
「よくないモノが、この近くで蠢いている。まったく、ちょこまかと隠れてないで正面切って来てもらえば、ちょっとは交渉の余地もあっただろうに……」
腰に手を当て、気だるげに首を回す綺羅に、それまでの笑みはない。
「ケリは僕がつける。争う意思がないのなら、せめて隠れていることだね。……あぁそれと」
つとまなざしを寄越され、にわかに肩が強張る。
深藍に月色が浮かんだ不思議な双眸が、すっと細まって。
「きみたちのところで可愛がってもらってる、蛇の子がいるでしょ」
「蒼を……ご存知なのですか?」
「うん、まぁ。彼がいたから、僕がいるようなもんなんだけど。とにかく、甘く見すぎないほうがいいよ。彼がその気になったら、きみも、きみのお兄ちゃんも、敵いっこないから。オモイカネさんはどうかなぁ。死ぬほど頑張れば、いけるかもね」
「貴方様は……なにを、どこまでご存知でいらっしゃる」
「さてね。ただ言えることは、彼の大事なものを僕が遠くへ放り投げちゃったせいで、すっごく嫌われてるってことくらいかな。悪気はなかったんだけどなぁ。あ、だからこそ、か」
うんうん、とひとりうなずいている少年を窺いながら、必死に思考を巡らせる。
彼は誰なのか。なにを目的としているのか。
……敵か、味方か。
「なんにせよ、そういうことだから――本当に恐れるべきは、神や妖なのか、よくよく考えてみることだ、高千穂の君」
少なくとも、この場において戦意は感じられない。
にも関わらず、颯爽ときびすを返した、己より小柄な背を追うことが叶わなかったのは、緋色と共に焼きついた光景が、あまりに鮮烈だったから。
……夜空に月が浮かんでいるようだと、彼女は語った。
けれど、実際はそれほど優しいものではない。
あの瞳にひとたび見据えられたなら、びりびりと、痺れるよう。
「あれは……雷です、穂花」
深藍の双眸を切り裂く、金色の竜。
言霊にせずとも、その光景を彷彿とさせる神を、目にしたことはないが、耳にしたことはある。
もし……もし綺羅が、かの天津神であるのなら。
「蒼……おまえは、本当に妖、なのですか……?」
結果としてその疑問にたどり着くのは、必然と言えよう。
そう――伝承の通りならば。
「あ……貴方様、は」
なんとか声を絞り出しながら、やっとの思いで首を持ち上げる。
問うたところで、ぺらぺらと饒舌に語る少年が誰なのか、同定はできずとも、想定はできた。
――あり得ない。国津神では到底あり得ない。この濃密な神気は。
「……天津神様が、何故、下界に」
「並々ならぬ事情があってね。ごめんね。誰なんだっていうきみの疑問には、答えられない。僕もそれなりに名が知れているらしいから、うかつに言霊にするのは、ちょっとね。きみも、名を握られないように気をつけなよ、コノハナサクヤヒメ」
もう一度呼ばれ、フッと、嘘のように身体を支配していた重力が消える。
呼吸も、水面に顔を出したかのような解放感。ここまで来れば、もう状況を理解するに至っていた。
名を言霊によって縛られていたのだ。
それは、相手を凌ぐ力量を持ち合わせていなければ、成し得ない業。
「今日は忠告に来た。〝カムガリ〟に気をつけることだ」
「〝カムガリ〟……ですか?」
「よくないモノが、この近くで蠢いている。まったく、ちょこまかと隠れてないで正面切って来てもらえば、ちょっとは交渉の余地もあっただろうに……」
腰に手を当て、気だるげに首を回す綺羅に、それまでの笑みはない。
「ケリは僕がつける。争う意思がないのなら、せめて隠れていることだね。……あぁそれと」
つとまなざしを寄越され、にわかに肩が強張る。
深藍に月色が浮かんだ不思議な双眸が、すっと細まって。
「きみたちのところで可愛がってもらってる、蛇の子がいるでしょ」
「蒼を……ご存知なのですか?」
「うん、まぁ。彼がいたから、僕がいるようなもんなんだけど。とにかく、甘く見すぎないほうがいいよ。彼がその気になったら、きみも、きみのお兄ちゃんも、敵いっこないから。オモイカネさんはどうかなぁ。死ぬほど頑張れば、いけるかもね」
「貴方様は……なにを、どこまでご存知でいらっしゃる」
「さてね。ただ言えることは、彼の大事なものを僕が遠くへ放り投げちゃったせいで、すっごく嫌われてるってことくらいかな。悪気はなかったんだけどなぁ。あ、だからこそ、か」
うんうん、とひとりうなずいている少年を窺いながら、必死に思考を巡らせる。
彼は誰なのか。なにを目的としているのか。
……敵か、味方か。
「なんにせよ、そういうことだから――本当に恐れるべきは、神や妖なのか、よくよく考えてみることだ、高千穂の君」
少なくとも、この場において戦意は感じられない。
にも関わらず、颯爽ときびすを返した、己より小柄な背を追うことが叶わなかったのは、緋色と共に焼きついた光景が、あまりに鮮烈だったから。
……夜空に月が浮かんでいるようだと、彼女は語った。
けれど、実際はそれほど優しいものではない。
あの瞳にひとたび見据えられたなら、びりびりと、痺れるよう。
「あれは……雷です、穂花」
深藍の双眸を切り裂く、金色の竜。
言霊にせずとも、その光景を彷彿とさせる神を、目にしたことはないが、耳にしたことはある。
もし……もし綺羅が、かの天津神であるのなら。
「蒼……おまえは、本当に妖、なのですか……?」
結果としてその疑問にたどり着くのは、必然と言えよう。
そう――伝承の通りならば。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる