【R18】たまゆらの花篝り〜風雷の香〜

はーこ

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本編

緋を駆ける竜㈡

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「へぇ、神体になったか。とっさの判断にしてはやるじゃん。いくら神気に耐性のある魂依代たまよりしろだからって、人の身にコレはキツイだろうからね」
「あ……貴方様、は」

 なんとか声を絞り出しながら、やっとの思いで首を持ち上げる。
 問うたところで、ぺらぺらと饒舌に語る少年が誰なのか、同定はできずとも、想定はできた。

 ――あり得ない。国津神では到底あり得ない。この濃密な神気は。

「……天津神様が、何故、下界に」
「並々ならぬ事情があってね。ごめんね。誰なんだっていうきみの疑問には、答えられない。僕もそれなりに名が知れているらしいから、うかつに言霊にするのは、ちょっとね。きみも、名を握られないように気をつけなよ、コノハナサクヤヒメ」

 もう一度呼ばれ、フッと、嘘のように身体を支配していた重力が消える。
 呼吸も、水面に顔を出したかのような解放感。ここまで来れば、もう状況を理解するに至っていた。
 名を言霊によって縛られていたのだ。
 それは、相手を凌ぐ力量を持ち合わせていなければ、成し得ない業。

「今日は忠告に来た。〝カムガリ〟に気をつけることだ」
「〝カムガリ〟……ですか?」
「よくないモノが、この近くで蠢いている。まったく、ちょこまかと隠れてないで正面切って来てもらえば、ちょっとは交渉の余地もあっただろうに……」

 腰に手を当て、気だるげに首を回す綺羅きらに、それまでの笑みはない。

「ケリは僕がつける。争う意思がないのなら、せめて隠れていることだね。……あぁそれと」

 つとまなざしを寄越され、にわかに肩が強張る。
 深藍に月色が浮かんだ不思議な双眸が、すっと細まって。

「きみたちのところで可愛がってもらってる、蛇の子がいるでしょ」
あおを……ご存知なのですか?」
「うん、まぁ。彼がいたから、僕がいるようなもんなんだけど。とにかく、甘く見すぎないほうがいいよ。彼がその気になったら、きみも、きみのお兄ちゃんも、敵いっこないから。オモイカネさんはどうかなぁ。死ぬほど頑張れば、いけるかもね」
「貴方様は……なにを、どこまでご存知でいらっしゃる」
「さてね。ただ言えることは、彼の大事なものを僕が遠くへ放り投げちゃったせいで、すっごく嫌われてるってことくらいかな。悪気はなかったんだけどなぁ。あ、だからこそ、か」

 うんうん、とひとりうなずいている少年を窺いながら、必死に思考を巡らせる。
 彼は誰なのか。なにを目的としているのか。
 ……敵か、味方か。

「なんにせよ、そういうことだから――本当に恐れるべきは、神や妖なのか、よくよく考えてみることだ、たか千穂ちほの君」

 少なくとも、この場において戦意は感じられない。
 にも関わらず、颯爽ときびすを返した、己より小柄な背を追うことが叶わなかったのは、緋色と共に焼きついた光景が、あまりに鮮烈だったから。

 ……夜空に月が浮かんでいるようだと、彼女は語った。
 けれど、実際はそれほど優しいものではない。
 あの瞳にひとたび見据えられたなら、びりびりと、痺れるよう。

「あれは……いかづちです、ほの

 深藍の双眸を切り裂く、金色の竜。
 言霊にせずとも、その光景を彷彿とさせる神を、目にしたことはないが、耳にしたことはある。

 もし……もし綺羅が、かの天津神であるのなら。

「蒼……おまえは、本当に妖、なのですか……?」

 結果としてその疑問にたどり着くのは、必然と言えよう。

 そう――伝承の通りならば。
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