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本編
きみは花丸㈣
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「蒼? どうかした?」
「んーとね、ねーさま」
「うん」
「ありがと……だいすき」
「もー、改まってどうしちゃったの、この子は。私も大好きだよー!」
「えへへ!」
正面から抱きしめてあげられない分、ぎゅむと強まる抱擁に、手を握り返して応える。
校内で紅や蒼たちと会話するときは、努めて声を潜めるものだけれど、今日くらいは、なにやら独り言を呟いている変な人認定をされても、まぁいいかな、と思えた。
「あ、そだ! あのねあのね、もうすぐぬしさまがくるよ」
「おっ、待ってました! もうお腹ペコペコでさ~」
時折、紅が登下校の供を弟や使い魔へ譲るようになったのは、いつからだったか。
以前まで影のごとく後をついて回られていた分、どことなく物寂しくはあったものの、いや、いままでが頼りすぎていたのだ、
自分が学校に行っている間、少しでも自由な時間を取れていたらいいと、納得してもいた。
最近は部屋にこもって、なにやら打ち込んでいることがあるようだし。
「今日のメニューはなにかなぁ」
いつも通り屋上へ向かうべくして席を立った穂花には、予想などつくはずもない。
いつもなら忘れずにお弁当を持たせてくれる紅が、何故今日に限っては、直接届けると言い出したのかなど。
「なぁなぁ、誰か探してんのー?」
「お構いなく」
「まぁそう遠慮すんなって!」
「おわかりにならないか。貴殿には関係のないことだ、と申し上げている」
「き・で・ん! 一体いつの時代の人間かっての、ぷくくっ!」
「……人の子とは、ほんに怖いもの知らずよな……」
いままさに足を向けようとした教室の出入り口にて、人影あり。昼休みではよくある光景だ。
男子がつるんでふざけていたり、女子が輪になっておしゃべりしていたり。
ドアを塞ぐのはやめてほしいんだけどな……と内心思いつつも、小心者の穂花は、もうひとつある、
教室前方の出入り口のほうへと向かうことにした。
「それにしてもちっせーな。女子みたいな顔してるし、何組?」
向かうことにしたまでは、よかったのだけれども。
「――無礼者っ!」
目についてしまったものは、仕方がないというか。
「我が身は只おひとりの為のもの。邪心抱きてふれなば、天誅もやむなしと思え!」
お調子者で有名な男子生徒の手を叩き払い、金切り声をあげる面影に、思考が停止した。
見覚えがある。ありすぎる。あってはならないものにも関わらず。
「……いや、待って。落ち着くのよ私。気のせい、気のせい……」
意味もなく咳払いをこぼし、そそくさとこの場を後にしようとするも。
「あ! ぬしさま~!」
「あぁ、蒼か」
連れだっていた蒼が、うさぎよろしく飛び跳ねては、ブンブンと右手を振る。
こっちこっち! と持ち前の天真爛漫を発揮して。
「これはこれは、そちらにおいででしたか」
先程の威嚇はいずこへ。目前の人影など最早眼中になしとでもいうかのように、ころりと口調を変えた〝彼〟が、次いでふにゃりと破顔する。
「おや、どちらへ行かれるのです、穂花?」
人違いであってほしかった。
しかし、ピンポイントで名前を呼ばれてしまっては、否定しようがない。
「べっ……べべべ……っ!?」
「えぇ、貴女様の紅にございます。さぁ、おいでくださいませ。昼餉と致しましょう」
弁当らしき包みを抱えた渦中の人物が、一直線に歩み寄ってきては、空いたほうの手で穂花の手を取った。
「マジか、まさかの……」
「葦原さん……」
男子生徒だけでない、クラスメイトの大半が自分たちに注目し、複雑な面持ちで声を潜め合う。
どうして。なんで。穂花の脳内は混乱真っ只中だ。
「あお、ひなたぼっこしたいー」と腕を引く蒼については、誰ひとり言及しない。
当然だ。妖なのだから。
同様に、人の目には見えない。見えないはずではなかったか、〝彼〟は。
「みなさん、どうかしましたか? やけに静かですけれど……」
そんなときだった。白衣の美青年が、ひょっこりと顔を覗かせたのは。
普段は騒がしい教室の異様な静けさを、不思議に思ってのことだろう。
さすがである。その英断に、いまは感謝しかない。
「高千穂先生!」
通りすがりの、唯一にして最大の救世主に、視線で訴えかける。
――助けて。超、助けて。
穂花の訴えを敏感に捉えた救世主……サクヤは、ちょうど振り返った〝彼〟に気づき、わずかながら菫の双眸を見開く。
しかし、穂花程の衝撃は受けなかったようで、腕の中の資料だか掲示物だかを、苦笑混じりに抱え直すのだった。
「あに――紅、さん。葦原さんも、ご飯はまだなのですよね。お昼休みが終わらないうちに、行ってらっしゃい」
「……あぁ、わたしとしたことが。ふむ、この場合は……はい、わかりました。お気遣いありがとうございます、朔馬兄様!」
「朔馬兄様!?」
「そういう設定ですので」
思わず聞き返してしまった穂花に、やたらまぶしい笑みを寄越した眉目秀麗な少年は、疑うまでもない、紅に相違なかった。
何故か見慣れた紺青の着物を脱ぎ捨て、男子生徒用のブレザーを、身にまとってはいたが。
「んーとね、ねーさま」
「うん」
「ありがと……だいすき」
「もー、改まってどうしちゃったの、この子は。私も大好きだよー!」
「えへへ!」
正面から抱きしめてあげられない分、ぎゅむと強まる抱擁に、手を握り返して応える。
校内で紅や蒼たちと会話するときは、努めて声を潜めるものだけれど、今日くらいは、なにやら独り言を呟いている変な人認定をされても、まぁいいかな、と思えた。
「あ、そだ! あのねあのね、もうすぐぬしさまがくるよ」
「おっ、待ってました! もうお腹ペコペコでさ~」
時折、紅が登下校の供を弟や使い魔へ譲るようになったのは、いつからだったか。
以前まで影のごとく後をついて回られていた分、どことなく物寂しくはあったものの、いや、いままでが頼りすぎていたのだ、
自分が学校に行っている間、少しでも自由な時間を取れていたらいいと、納得してもいた。
最近は部屋にこもって、なにやら打ち込んでいることがあるようだし。
「今日のメニューはなにかなぁ」
いつも通り屋上へ向かうべくして席を立った穂花には、予想などつくはずもない。
いつもなら忘れずにお弁当を持たせてくれる紅が、何故今日に限っては、直接届けると言い出したのかなど。
「なぁなぁ、誰か探してんのー?」
「お構いなく」
「まぁそう遠慮すんなって!」
「おわかりにならないか。貴殿には関係のないことだ、と申し上げている」
「き・で・ん! 一体いつの時代の人間かっての、ぷくくっ!」
「……人の子とは、ほんに怖いもの知らずよな……」
いままさに足を向けようとした教室の出入り口にて、人影あり。昼休みではよくある光景だ。
男子がつるんでふざけていたり、女子が輪になっておしゃべりしていたり。
ドアを塞ぐのはやめてほしいんだけどな……と内心思いつつも、小心者の穂花は、もうひとつある、
教室前方の出入り口のほうへと向かうことにした。
「それにしてもちっせーな。女子みたいな顔してるし、何組?」
向かうことにしたまでは、よかったのだけれども。
「――無礼者っ!」
目についてしまったものは、仕方がないというか。
「我が身は只おひとりの為のもの。邪心抱きてふれなば、天誅もやむなしと思え!」
お調子者で有名な男子生徒の手を叩き払い、金切り声をあげる面影に、思考が停止した。
見覚えがある。ありすぎる。あってはならないものにも関わらず。
「……いや、待って。落ち着くのよ私。気のせい、気のせい……」
意味もなく咳払いをこぼし、そそくさとこの場を後にしようとするも。
「あ! ぬしさま~!」
「あぁ、蒼か」
連れだっていた蒼が、うさぎよろしく飛び跳ねては、ブンブンと右手を振る。
こっちこっち! と持ち前の天真爛漫を発揮して。
「これはこれは、そちらにおいででしたか」
先程の威嚇はいずこへ。目前の人影など最早眼中になしとでもいうかのように、ころりと口調を変えた〝彼〟が、次いでふにゃりと破顔する。
「おや、どちらへ行かれるのです、穂花?」
人違いであってほしかった。
しかし、ピンポイントで名前を呼ばれてしまっては、否定しようがない。
「べっ……べべべ……っ!?」
「えぇ、貴女様の紅にございます。さぁ、おいでくださいませ。昼餉と致しましょう」
弁当らしき包みを抱えた渦中の人物が、一直線に歩み寄ってきては、空いたほうの手で穂花の手を取った。
「マジか、まさかの……」
「葦原さん……」
男子生徒だけでない、クラスメイトの大半が自分たちに注目し、複雑な面持ちで声を潜め合う。
どうして。なんで。穂花の脳内は混乱真っ只中だ。
「あお、ひなたぼっこしたいー」と腕を引く蒼については、誰ひとり言及しない。
当然だ。妖なのだから。
同様に、人の目には見えない。見えないはずではなかったか、〝彼〟は。
「みなさん、どうかしましたか? やけに静かですけれど……」
そんなときだった。白衣の美青年が、ひょっこりと顔を覗かせたのは。
普段は騒がしい教室の異様な静けさを、不思議に思ってのことだろう。
さすがである。その英断に、いまは感謝しかない。
「高千穂先生!」
通りすがりの、唯一にして最大の救世主に、視線で訴えかける。
――助けて。超、助けて。
穂花の訴えを敏感に捉えた救世主……サクヤは、ちょうど振り返った〝彼〟に気づき、わずかながら菫の双眸を見開く。
しかし、穂花程の衝撃は受けなかったようで、腕の中の資料だか掲示物だかを、苦笑混じりに抱え直すのだった。
「あに――紅、さん。葦原さんも、ご飯はまだなのですよね。お昼休みが終わらないうちに、行ってらっしゃい」
「……あぁ、わたしとしたことが。ふむ、この場合は……はい、わかりました。お気遣いありがとうございます、朔馬兄様!」
「朔馬兄様!?」
「そういう設定ですので」
思わず聞き返してしまった穂花に、やたらまぶしい笑みを寄越した眉目秀麗な少年は、疑うまでもない、紅に相違なかった。
何故か見慣れた紺青の着物を脱ぎ捨て、男子生徒用のブレザーを、身にまとってはいたが。
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